一週間。言われた通りに首を長くしながら待ち続けた。その間治くんとはすれ違った時に挨拶をするくらいで、他の接触はほとんどなかった。そんな状態でも落ち込んだ顔を見せない私に角名くんは驚いたみたいで「何があったの?」なんて珍しく少し焦ったように聞いてきたけれど、説明をしたら「なんだ、良かった」と安心した様子で笑ってくれた。
「決心ついたんだ」
「……うん」
「すごいよね、自分から動けるってさ」
「からかってる?」
「だから尊敬してんだって」
角名くんはよく私にそう言う。好きな人のために動けることが、そうしたいと思えるくらいに好きになれる人がいることが凄いと言う。
みんながみんな好きな人ができたらこういう気持ちを抱くのかはわからないけれど、私はなるべく治くんと一緒にいたい。それもただ一緒にいるだけじゃなくて、嬉しい気持ちを分かち合って、楽しいことを二人で見つけ出して、悲しいことに一緒に向き合って、不安や心配は二人で分け合う。そうやってもっともっと、時間だけじゃなく気持ちも共有していきたい。
「そう思えるのがすごいんだよ」
「そうかな」
「俺はまず無理だと思っちゃうし。面倒くさいことはなるべくしたくない、確信持てなきゃ動けもしない。他人を優先させるとか、そんなこと考えられない」
「それも一つの考え方だよ」
「俺にはできないけど、でも、治は色出さんみたいな考え方が出来ると思う」
頑張れ、と優しく口角を上げた角名くんは、自分のことをまるで冷たい人間だとでも言うように話すけれど、全然そんなことはないと思った。
角名くんとの会話を思い出しながら、昨日の夜に届いた短いメッセージを読み返す。『放課後、三階の空き教室で』。要件だけが伝えられたその文章を何度も見返した。それ以外には何も伝えられていないのは、これから全てを話してくれると言う治くんの意思表示だと受け取って。
パタパタと廊下を早足で歩きながら治くんのところへ向かう途中、教室に残っていたらしい侑くんに気がついて声をかけると、侑くんも「しのぶやん」と手を上げてくれた。
「侑くんが一人でいるの珍しいね」
「ん?あぁ、ちょっとな。しのぶはサムんとこやろ」
「うん………そうなんだけど。みんなにバレてんだね」
「サムもずっと言っとったから。今日やって」
伝えよう、伝えたい。そうは思ってはいても緊張はするものだ。体を硬くした私を見た侑くんが「ガッチガチやん」とおかしそうに笑う。ムッと下唇を突き出すと、すまんすまんとまだ半分笑ったままの侑くんが片手をあげて謝ってきた。
「俺はサムの片割れやからなんとなくわかるんやけど、お前ならきっと大丈夫やで」
「……ありがとう」
「ん、わかったらさっさと行ってき」
「うん。勇気出た。ばいばい侑くん」
好きな人の兄弟。その人が素敵な人で良かった。侑くんが良い人だから、治くんも良い人。治くんが優しいから、侑くんも優しい。似ているようで違って、違っているようで似ている。そんな二人が好きだと思えることが嬉しいと思える。
教室を出て少し廊下を進んだところで「色出さん」と呼ばれて声の方を振り返った。薄く優しい笑みを浮かべてこちらへと近づいてくる筑波さんはいつも通り。彼女はいつだって背筋がまっすぐで、凛としている。
「行くの?治くんのところ」
「うん。ちゃんと、伝えてみる」
「そっか」
「後悔しないようにって、筑波さんが言ってくれたから。でも、振られたらどうしようってやっぱりちょっと心配」
「大丈夫だと思うけど、もしそうなったら……私が慰めてあげる」
だから頑張って。そう笑った彼女は真剣な目をしていた。その強い視線から目を逸らさずに力強く頷く。ふっと柔らかく笑った彼女に手を振って走り出した時、ポケットの中へと入れていたスマホが震えたので確認をすると、数件の新着のメッセージ通知が届いていた。
確認すれば北先輩とすえ先輩から。予想外の人物からの連絡でびっくりしてしまった。きっと治くんか侑くんか、または角名くんから聞いたんだろう。いつだってこの二人は温かい言葉をくれる。
『いつも通りやで』という北さんらしい一言に思わず笑った。すえ先輩からのメッセージを開くと『いつも通りのしのぶちゃんでいれば大丈夫だよ』なんて書いてあって、二人して同じようなことを送ってきてくれるのがなんだからしくてまた笑えた。
帰り際に幸ちゃんも「まぁなるようになるだけやし、気軽にな」なんて彼女らしい遠回しな励ましの言葉をくれた。
こんなにたくさんの人が私を気にかけてくれている。その事実が嬉しくて、伝えた結果がどうなるかなんて未来が今は見えるはずがないけれど、例えどうなろうと全力で治くんに全ての気持ちを届けたいと改めて強く思った。私がちゃんと伝えられなかったら、この人たちの気持ちまで無駄にしてしまうことになる。それは絶対に避けたい。
バクバクと騒ぎ出す心臓が体の動きを鈍くするけれど、思考回路はちゃんと正常だ。全てを整理するように、静かにふーっと長く息を吐き出した。
ものや思ふと 人の問ふまで
心に秘めてきたはずなのに、いつのまにか表情に出てしまっていたようだ。私の恋心は。「恋でもしているのですか?」と、人に尋ねられるほどに。
三階の空き教室。扉にそっと手をかける。治くんは、もうここに居るだろうか。