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ムカつく。ムカつくムカつくムカつく。とんでもなくムカつく。苔が生えるくらいにジメジメしとるサムを見とるとイライラする気持ちが止まらん。


「邪魔やお前、出てけや!」

「ここ俺の部屋やん」

「俺の部屋でもあるんやぞ!」


この前からずっとこんな調子で、何やらぐるぐる思い悩んどるらしいサムは帰ってきてもずっとベッドに丸まってしんみりしとる。同じ空間で生活する俺としてはそんな姿が視界に入ることも、たまに聞こえるハァという小さな溜め息も全部全部鬱陶しい。


「……なぁ、ツムは誰かのこと好きって思ったことある?」

「はぁ?」

「好きって思った途端に上手くいかん。どうすればええんやろ」


急に弱気な声を出したと思ったら、なんやそれ。サムはそのままのそのそと起き上がってこっちを見る。アホか、誰に聞いとんねん。


「うじうじすんなや、ウザいな」

「やって、こんなん初めてなんやもん」


せやからってなんで相談相手が俺やねん。そう言うと、「角名に聞いてもあいつは面白がるだけや」なんて返事が返ってくる。当たり前やろ、あいつはそういう奴やん。銀にすればええやんかと言ってみても、今すぐ誰かに聞きたいだなんて面倒くさい言葉が返ってきた。


「お前は、どう思っとんの」

「……好き。むっちゃ好き。可愛えし、笑顔見ると心ガシッて掴まれたように痛くなるし、でもそれが気持ち良え。泣いとる顔は見たくないけど、俺のことで一喜一憂しとる姿はええなと思う。優しくしたいけど力任せに抱きしめたいし、大切にしたいけど壊れるくらいに好きにしたいとも思うし、キスもしたなるし、それ以上のことやって」

「だー!ストップ、ストップ!ええもうそれ以上は!」


黙って聞いとれば何を言い出すんやこいつは!身内のそんな話聞きたないわ!それに、相手が相手や。いくらしのぶの味方でありたいとは思っても、この手の話は勘弁してくれ。


「そんだけ好きならありのまましのぶに伝えてこいや」

「やっぱ伝えなあかんよなぁ。……てかツムにその相手が色出さんって言ったっけ?なんで知っとんの?」

「あほか!わかるわそんくらいお前ら見てれば!逆にこれで相手がしのぶやなかったらぶん殴っとるからな!」


しのぶはなんとなく、少し前にサムのことが好きなこと自覚したんやろうなって思う。反応とか表情とか見とればわかる。サムはいつになったら自覚するんやろという気持ちと同時に、自覚すんなボケという気持ちが混ざりあってごちゃごちゃしとった。せやけどようやくこのアホもしのぶに対しての気持ちを自覚したみたいや。悔しいけど、良かったなとも、思う。

俺の方が先に出会って、俺の方が先に好きになった。後から入り込んできたくせにこいつが全部横から奪っていった。選ぶのはしのぶやし、ふざけんなクソとも思うけど、仕方ないことやというのもわかっとる。サムが自覚するその前に、しのぶが自分の気持ちに気がつくその前に何かすることだって出来た。やり方なんて色々あったと思う。けど、そんなことをする気持ちにはなれんかった。やるせなさを抱えながらも、柄にもなく一歩引いたのは自分の意思や。

それでも抱え込んだ気持ちは正直で、そんな簡単に消えるもんでもない。一向に自分の本心にさえ気がつけないこいつへの怒りと、もどかしさと、寂しさと、悲しさと、しのぶが嬉しそうに笑う顔を見れる嬉しさと。いろんな感情が乱れてぶつかって、反発しあって、混ざりあった。


「……なんでそんな自分の気持ちに気づくの下手なん」

「うるさいなぁ。馬鹿にしとるけど、同じDNAなんやからいつかお前も同じような感じになるかもしれんで」

「なるかアホ」


こいつの応援なんかしたない。けどしのぶは幸せになって欲しい。それがたとえ俺の隣やなくても、ほかの誰かの隣でも。


「自覚したんならそんなダッサい姿みせんな。あと、しのぶのことは今後一切傷つけんな」

「なんやいきなり。わかっとるわアホ」

「アホはお前やボケ」


ちゃんと好きになった初めての女。それがサムと同じやなんて、ホンマにここまできてもまだ笑えん。


――――――――――――――――――


「侑、今日飯は?」

「弁当持っとる」

「そか、治たちのとこ行く?ここにする?」

「面倒いから今日はここにしよ」


別に約束しとるわけやないから、気分で四人集まったり集まらんかったりバラバラや。侑は最近は教室から動くことなくここで食べたがる。単に移動が面倒なのか、それとも色出さんに会いたくないのか、この時間くらいは治に会わなくてもええと思ってるのか、その本心までは俺にも流石にわからん。


「あいつ、家に帰ってもうじうじしとってウザイったらないわ」

「治なぁ、やっと自覚したもんなぁ」

「しのぶもしのぶやで。どっちでもええから早よスパッと告ってくっつけばええのに」

「侑はそれで良えんか?」

「今のウザったらしいやりとり見とるよりは全然マシやろ」


思いっきり眉を寄せて、口いっぱいに米を詰め込んで嫌ったらしくそう言う侑。複雑そうな顔をして飯を食うこいつに、俺にしてやれることなんてなんも無い。


「侑は良えやつやな」

「なんやいきなり」

「ずっとそう思っとるよ」

「………俺の事口説いとんの?」

「キショいこと言うなや」


治も角名も色出さんも、他のやつも気付いとらんかもしれんけど、俺はなんとなく、侑も色出さんのことが好きなんやないかなぁと思っとる。根拠はない。けどほぼ確信に近い。まぁ治には負けるけど、他の奴らよりもちょびっとだけ侑と一緒に居る時間多いし。

治は良えやつ。色出さんが治のこと選ぶのもようわかる。それでも色出さんが治のことを好きになったんは偶然や。侑が悪かったわけでも劣っとるわけでもない。同じ顔して同じような性格しとるこの二人の、別々の良いところ見つけ出して、たまたま治が選ばれただけ。そこに優劣はないんや。相性とか運とかタイミングとか、いろんなもんがごちゃ混ぜになって、選ぶと言うよりも当てはまった。恋愛なんてそんなもんやろ。

侑は優しいやつ。ほんまに。自分の気持ち知ってて、相手の気持ちも知ってて、兄弟の気持ちも知ってて、それでもなんも言わん。ぐちぐちは言っとるけどそこにはなんの攻撃性もない。ほんまに、良えやつ。

だけど俺からはなんも言ってやらん。侑がなんも言わんから。侑が他の誰にも言わんと決めとるなら、勝手に気がついてしまった俺はただ黙ってこいつの誰よりも優しい所だけちゃんとわかってやれば良え。


「自分だけ幸せになろうなんて絶対許さん」

「幸せの形なんて人それぞれやろ」

「いーや!俺もむっちゃいい女捕まえたる」

「んな変な対抗すんなや。それに侑なら焦らんでも絶対大丈夫やって。さっきも言ったやろ。お前は良えやつやから、そこをちゃんとわかってくれる人が現れるって」

「……銀、お前こそほんま良えやつやな」

「なに?口説いとる?」

「キショ。てかさっきからなんやねん昼休みに男二人で褒め合いって、キモすぎやん」


頭をガシガシと掻きながら少し照れとるような表情をする侑に思わず笑う。お調子者で高圧的で、アホやし我儘やし、すぐいらん事言うし、たまに本気でムカつくこともあるけど、やっぱりお前は誰よりも優しいやつや。


「俺はお前ら二人とも幸せになれるよう願っとるよ」


その時が来るまで、やっぱりこの話は侑にも誰にもしてやらん。




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