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「おはよう治くん…………どうかした?」


あかん。どうしよ。朝練が終わって教室へと戻ると、すぐに声をかけてきてくれた色出さん。好き。そう思ったら止まらんくて一晩中ぐるぐる悩んだ。

早く会いたい。声が聞きたい。たくさん話したい。笑って欲しい。触れたい。抱きしめたい。それ以上のこともしたい。むっちゃしたい。抑えきれなくなりそうなその衝動を閉じ込めるのに必死やった。もちろん、今も。

目の前で心配そうにこちらを覗き込む色出さんは、身長差のせいで嫌でも上目遣いになる。今まではそれをただ可愛らしいなぁ、美味そうやなぁと見とったのに、今ではどうだ、もうこのまま壊れるくらいにぎゅーって力いっぱいしがみつきたい。あかん。抑えられん。


「な、なんでも、あらへん…………」


から、そっけなく返事をして席に戻った。あー、やってしもた。完全に。あかんやろ。でもなんか話したら話すほどブレーキが効かんくなりそうでちょっと怖い。なんで角名は今日に限って職員室に寄っとんの。いっつも誰よりも早く着替え終えて教室でだらけとるのに。意味わからん。あ、そういえば色出さんにおはようって返すの忘れた。あー。あー…………最悪や。


「という感じで一週間が過ぎたのであった」

「物語調に言うなや、そんなやる気のない声で」

「こんな感じにもなるでしょ。一体何してんの。この前すぐ告白しにいくって騒いでたあの勢いはどこに行ったの」

「うっさいなぁ!あの時はこう……気持ちが爆発して!」

「今は萎えたってわけ?」

「んなわけあるかいボケェ!爆発寸前に決まっとるやん!せやけど…………うぅぅ、ぁぁぁあ!」

「こういうところ見てるとちゃんと侑とDNA一緒なんだなってなるわ」

「今それ実感すんなや!」


頭を抱えながらゴロゴロと転がる俺を興味無さそうに見下ろす角名。もうちっと関心もてや!この前はあんなに楽しそうにしてたやんか!そう言うと「面白いとは思うんだけどね。まだ焦らされなきゃならないの?って正直思ってる」だなんて冷めたことを言われる。こっちは必死なんやぞ!


「色出さんも治の態度にだいぶ困ってるよ。というか落ち込んでそう」

「…………ほんま?」

「何でちょっと嬉しそうなの」

「俺の態度で一喜一憂してくれんのはちょっとええなと思って」

「うわ、色出さんにチクろ」

「やめーや!嫌われてまうやんか!」

「今のその態度の方が嫌われると思うけどね」


というか嫌われたと思ってんじゃない?と、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた角名が卑しくこちらを見る。うわウザ。なんやその目。俺がおかんに怒られとるのを部屋の端から嬉しそうに見とるツムくらいウザい。

「まぁ、馬鹿なことするのもほどほどにしなよ」と、スマホを弄りながらこちらも見ずにまた角名は言い放った。わかっとる。わかっとるわそんなん、誰よりも俺が一番。


――――――――――――――――――


「幸ちゃん…………」

「だから宮なんてやめときって言うたよ?私は」

「ええ、そんなこと言わないでよ」


項垂れる私に心配の言葉をかけることもなく、幸ちゃんは至っていつも通り。それが彼女らしくて良いのだけれど、今の私は結構深刻な状態なのだ。あの閉じ込め事件があった翌々日から今まで、理由もわからず治くんに避けられ続けている。


「やっぱ面倒くさいとか思われたかな……」

「んな面倒な男こっちから願い下げやろ」

「私なんかしちゃったとか」

「あっちの方がいろんなことしでかしとるやん」

「…………幸ちゃんはどの立場にいるの」

「どこにもおらんわ。興味ないし」

「応援してくれるって言ってたのに!」

「あの時はね。うじうじしてしのぶにこんなことしとる宮には大反対やわ」


じゃあ私今日もバイトやから。と席を立った幸ちゃんは、最後に「変なやつらにはついていっちゃあかんよー」と手を振って出て行ってしまった。

その次の日も相変わらず治くんの態度は変わらない。挨拶は返してくれるけれど、やっぱりそれ以上はなかった。でもよく考えてみると、普通ならばそれでもおかしくはないのだ。以前の激しいスキンシップが周りからしたら異常だったわけで、クラスメイトという立場ならば、挨拶をして、たまに一言二言だけ言葉を交わすだけなんて別に普通の事じゃないか。

それを寂しいと、物足りないと思ってしまうのは、やっぱり私が治くんのことを好きだからなのだろうか。確かに、以前よりも自分がどんどん欲張りになっているという自覚はある。


「あーあ、ダメだありゃ」

「角名くん………」

「ずいぶん悩んでんね」

「それは………そうだね」


項垂れる私に話しかけてきた角名くんは前と変わらない。私を見ながら少し楽しそうな顔をしているのには疑問だけれど、ポッキーの袋をこちらに向けて、いる?と聞いてくれるから少しくらいは心配はしてくれているんだろう。そう思いたい。


「治くん、私の事なんか言ってる?」

「それ俺に聞く?」

「だってもう角名くんしか聞ける人いないし」

「本人に聞けばいいじゃん」

「そんな勇気ないよ……」

「弱気だなぁ」


口角をあげる角名くんはやっぱりどこか楽しそう。からかわれているだなんて思いながら少し口を尖らせると、その姿を見た角名くんが「ははっ」と短く笑った。


「いいね、そんなに悩めるくらいに好きな人がいるって」

「ちょっと馬鹿にしてるでしょ」

「違うよ、尊敬してんの」


頬杖をついてこちらを向いた角名くんは笑うのをやめて、落ち着いた表情で「もうさっさと告っちゃえばいいのに」なんて優しい声を出した。


「こ、こく!?」

「手っ取り早くさ」

「無理だよまだ勇気ない!」

「まだ?」


ニヤニヤと笑みを深める角名くんは、心配ではなく絶対に面白がっているということを確信した。酷い、人がこんなに悩んでるのに。「治が動くと暴走しそうだし、色出さん頑張ってみてよ」なんて言われて、意味はよく分からないけれど一つの選択肢として心に留めておくことにした。続けて「あと俺もそろそろ焦れったくてしんどくなってきた」とため息を吐く。絶対それが本音でしょ、と言わんばかりにだるそうな表情を見せる角名くんにもう一度口を尖らせた。

ここにきて治くんの気持ちがさらにわからなくなってしまった。美味しそうに、幸せそうに笑うあの顔を、もう一度見たいだけなのに。




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