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「もう色出さんには関わらんといて」


翌日、色出さんに聞いた女子たちを呼び出して注意をした。本当は一発殴ってやるくらいの勢いやったしもっとガンガンいろんなこと言いたかった。けど色出さんが絶対にそれはやめてくれと言ったから、なるべく穏便に、を意識しながら相手に話をつけた。

一緒に行くって言っとったけどそれは逆に相手を煽るのではないかという角名の助言を聞き入れて、代わりに見張り役として付いてきた角名は、俺を見張る気なんてそもそも無かったようでずっと隅っこでスマホをいじっとった。


「お前来る必要なかったやんか」

「殴り合いになりそうだったら止めに入ったよ」

「さすがに女子は殴らんわ」

「そう?意外とカッとなったら侑よりも治のほうがヤバそうじゃん」

「ツムよかマシやわ」

「普段はね。でもさ、怒りだけじゃなくて感情全般定期的に爆発させてる侑よりも、溜め込んだもの一気に大爆発させる治のほうがその点においては危ないって思ってるんだよ」

「なんそれ。今日はよく喋るな」


角名の言うとることはよくわからん。けど呼び出されたり閉じ込められたり、未遂やけど物取られそうになっとったり。知らんうちにいろんなことに巻き込まれとった色出さんの顔を思い浮かべると、言葉に出来ない感情がぐるぐるして、泣きたいような怒りたいような叫びたいような、そんな苦しい気持ちになる。このよく理解できん気持ちを爆発させたら、まぁ、正常でいれるかは確かにわからんなぁ。

なんとなく昨日からいつまでも気分が上がらなくて、スマホを弄り続ける角名の横に腰を下ろしため息を吐くと、「そういえば家では侑と大丈夫だったの」なんて面白がるように聞いてくる。こいつはほんまにタチが悪いな。


「口聞かんかった」

「侑も相当機嫌悪かったしな」

「……ちゃうくて、俺がツムをずっと無視した」


スマホから視線をこちらに向けて、パチパチと珍しく驚いた様子で瞬きを繰り返した後、キュッと口角を上げて目を細めた角名が「へぇ、なんで?」と問うてくる。何やこいつ、あからさまに楽しそうにしやがって。

昨日のことを思い出すとまたドロドロとした何かが溢れ出てきて言葉に詰まる。ツンと口元を尖らせた俺を見た角名は「言ってみなよ、相談とかしたら解決するかもよ」と若干馬鹿にしたように言いながらスマホをポケットにしまってこちらを見た。むかつく奴や。でも悔しいけど俺一人では解決できなさそうやしと、少しの沈黙の後ゆっくりと口を開いた。


「色出さんのこと傷つけようとした奴らが許せん」


ぽつりと、溢すように話し始めた俺を角名はじっと見つめる。


「気づけなかった俺も、一番最初に駆けつけて助けられなかった俺も、許せん」


ここまでは昨日色出さんにも言った。許せん。この怒りはいつまでも消えることはないと思う。思い出すたびにきっとイライラして、ずっと忘れられない出来事と感情として俺の中に刻み込まれる。

せやけど、俺が、一番悔しいのはたぶんそれやない。


「……ああやってちゃんと怒れるのって凄いやんか。ツムが、色出さんのことであんなに素直に怒れるのが、羨ましい」


どこにやっていいかわからんこの謎の感情を表に出そうとすると暴れたくなる。頭を抱えて唸る俺を見てハハッと笑った角名に「笑うな」と低い声を出せば「おーコワ」と今日一番楽しそうな声を出した。


「ちゃんと、そうやって相手のことで感情を動かせる治たちが俺は羨ましいよ」

「はぁ?」


こんなに苦しんどんのに何が羨ましいや。頭おかしいんやないか。ジロっと角名を睨めば「自覚するの待ってたけど、このままだと死ぬまで気づかなそうだからもう言っちゃうね」と俺に視線を合わる。こいつは目力が強いから、真剣な顔をされると目が逸らせなくなって少しゾッとする。そんなことを考えながら角名が続きの言葉を紡ぐのを待った。


「治、色出さんのこと好きでしょ」


フッと笑いながら、そう言った角名に思考が停止する。すき。好きって?


「色出さんに抱いてる気持ちとか今までの行動思い返してみなよ」


好き?俺が色出さんを?今までのことを思い返すって?好き?なんやそれ。

色出さん。出会った時から不思議な子やった。作ってくれるおにぎりは言っちゃ悪いけどありきたりな普通のものやのにめっちゃ美味くて、それを食べるとぐあーって力が湧く。嫌いな勉強でも教わったところは忘れないし、おかげでテスト勉強も宿題も乗り越えられた。色出さん。ふにふにのほっぺたが美味そうで、口を開けると食べさせてくれるお菓子は、いつも食べとるのと一緒なもののはずやのに倍美味く感じる。魔法にかかったみたいに、そばに居ると落ち着く。他の男にちょっかい出されるのは面白くないし、俺のことだけ見てよそ見なんてしなくて良いと思う。色出さん。抱きしめた時に少しだけ恥ずかしそうにするのが可愛え。俺にしかしないって笑うその顔も可愛え。色出さん。見てくれとるってわかったら、バレーにも力が入る。悲しんどる表情も傷ついとる姿も怖がる顔ももう見たくない。俺が、一番に助けたくて、色出さんのことでしっかり怒れるツムに、俺は。

俺、は。


「色出さんが好き……?」


ぶわわわわっと、腹の奥の奥に閉じ込められて外に出たがっていたと思われる感情が勢い良く溢れ出してきて洪水のようにドッと流れ出した。すぐに全身を駆け巡ったそれは巨大なジグゾーパズルの最後のピースを埋めるみたいにぴったりとハマって、時間をかけて作り上げてきたそれを完成へと導いた。

急にガバッと立ち上がった俺に「うおっ」と声をあげた角名が「どう?やっぱりそうでしょ」と笑う。「せや、俺、好きや、どうしよ。好き」とわけがわからんくなったようにひたすら胸に流れ込んでくる気持ちを口に出した。


「………っ角名!」

「ん?」

「あかん、好きや思ったらめっちゃ本人に言いたくなった!告白してくる!!」

「……は?!ちょ、待て待て待てってば、おい!!」


ダッと駆け寄ろうとする俺の腕を慌てて掴んだ角名が「ほら言わんこっちゃねぇ」と珍しく取り乱しながら必死に俺を引き止める。なんで止めんねん、離せや!俺は今すぐ色出さんのところに行きたい!グッと腕に力を入れて、一歩を踏み出そうとすると「ふざけんな一回止まれって言ってんの!」と若干キレ気味の角名が声を荒げた。


「だから言ったじゃん感情爆発させると一番やばそうって!」

「それの何がアカンの!?」

「今この勢いで突っ込んでいったらお前何しでかすかわかんないだろ!!」


気迫に圧されて動きを止めた。ハァーと深いため息をついた角名が「今までこんだけ焦らしてたんだから、そんなにいきなりあせらなくったっていいじゃん」ともう一度腰を下ろす。


「……せやな」

「って言っといてそんなに納得してないでしょ」


何その顔。と言いながら角名が声を出して笑う。人の顔見て笑うとか失礼なやつや。まぁでも今めっちゃ複雑な表情しとるんやろなとは自分でも思う。

俺、色出さんのこと好きなんか。何回も何回も心の中で呟いてみる。あー、やっぱりなんかもう今すぐ会いたくてたまらん。




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