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「無事か!?」という声と共に、バンッという大きな音を立てて開いたドアに驚いて思わず体をびくりと震わせた。「無事、です…」と力なく答えれば、ガタガタと音がしてここに来た人物が個室の扉を開いて顔を覗かせる。


「なにボケたことしとんの」

「一言目がそれってひどいよ!……でも何も言い返せません」

「扉んとこ、うまい具合に箒ひっかけて立てかけてあった。これじゃ内側からいくら押しても開かんわ。こんなんに引っかかるしのぶが阿保なんは置いといて、他に何かされたか?怪我とかは」

「大丈夫。なにもされてない、閉じ込められただけ」

「そりゃ良かった。まぁ閉じ込められただけでも一大事なんやけどな」


はぁ、と大きなため息をついた侑くんは「あちー」と言いながらワイシャツをパタパタと動かし風を作る。「来てくれてありがとう」とお礼を言うと、「ええよ別に」と呆れたような顔を向けられた。なんだか侑くんはどうにかして普通を取り繕っているような様子で、静かに怒っているようにも見える。


「迷惑かけてごめんね。ダメダメだね私」

「なんでしのぶが謝んの。謝らなきゃいけないのはこれやった犯人らと……サムやろ」


侑くんはそう言いながらバタバタと聞こえてくる足音にチッと舌打ちをして、苛々してるのを隠そうとはせずに扉の方を向く。すると先程の彼と同じように焦った様子で勢いよく扉を開けた治くんが駆け込んで来た。


「無事か色出さん!?」

「はい!えと、大丈夫です!」


肩で息をする治くんが小さな声で「良かった」と呟いて、一度息を吐いて呼吸を整えた後ゆっくりとこちらへ歩いてきた。「ごめんね、心配かけた」と困ったように笑いかけると、「無事で何よりや」と優しく治くんも笑う。そして、それと同時に横にあった影が勢いよくシュッと飛び出していった。

気づいた時にはもう侑くんが治くんに掴みかかっていて、治くんは勢いよく壁に打ち付けられていた。大きな声で治くんを怒鳴る侑くん。それを受けて怒鳴り返す治くん。一瞬で始まった凄まじいまでの喧嘩についていけなくて、何が何だかわからず焦りながらそれを見ていることしかできない。


「お前が変なファン野放しにしとるからこういうことになるんやろが!」

「んな知らん女一人一人の管理なんか出来るか!」

「そういうことでは無いやろ!」


目の前で繰り広げられる言い争いを止めに入りたいけれど体が動かない。男の人が取っ組み合って大きな声を出している姿は、いくら友達でも好きな人でも、ちょっと怖くて怯んでしまった。話題が話題なだけに私が止めなきゃいけないのに。どうしよう。焦っていると、遅れてパタパタと歩いてきた角名くんが「やっぱこうなってるよね」とゆっくり顔を出した。


「そこまで。今銀が北さん呼びに行ったよ」

「げ、お前なんで北さんにチクったん」

「北さんでも何でも呼んでみろや!俺の怒りはおさまらんからな!」

「はいはい侑はちょっとこっち来て。頭冷やしな」


離せ!離せって言うとるやろ!と暴れている侑くんの首根っこを器用に掴んでズルズルと引きずるようにしながら、角名くんは「あとは二人で仲良くね」と言って出て行ってしまう。

急に静かになった空間に気まずさを覚えながら、そっと佇む治くんの方を向くとバッチリと視線が合った。「あ、えっと」なんてしどろもどろになってしまって上手く言葉が続かない。何を言えばいいんだろう。伝えたいことはたくさんあるけれど、先程の恐怖感がまだ体に残っていてどうしても萎縮してしまう。


「色出さん」

「……はいっ!」

「怪我、ない?他に何かされた?いつから?」

「え、えと、大丈夫!何もされてない!」

「怪我ないのはの良かった。けど全部ちゃんと答えや。これが初めてやないやろ」


少しだけ低い治くんの声。落ち着いているのはいつものことだけれど、それとはちょっと違う。普段の優しそうな雰囲気は感じられなくて、苛々としているのが感じ取れる。グッと手に力を込めた。治のこと、怖い、なんて、思いたくないのに。


「………あー、すまん。すまんすまん、悪い」

「………え?」

「俺が怒っとるのは色出さんにやなくて、色出さんにこんなことする知らん女たちと、こんなんなるまで気づけなくて、一番に助けてやれんかった俺自身にや」


悔しそうに、苦しそうに笑った治くんはそう言ってふわふわと私の頭を撫でた。感じる手のひらの温もりはいつもと変わらない優しさに溢れていて、怖くない。そう思った瞬間に急に込み上げてきた涙がじわっと瞳を覆った。

「え、泣い、ちょっ色出さん!?」と慌てた治くんに一歩近づいてその大きな背中に腕を回す。がっしりとした体は私のものと全然違って、ワイシャツ越しに聞こえる心臓の音が心地よい。ウゥッと思わず声を漏らすと、それまであたふたとしていた治くんがそっと両腕をこちらに回して、あやすようにポンポンと背中を叩いてくれる。


「こんなに怖がらせてごめんな、犯人たちにはちゃんと俺から怒っとくから」

「違う……それが怖かったんじゃなくて、治くんが知らない人みたいに思えたのが、怖かった」

「……俺?」

「うん。でも今はいつもの治くんがちゃんと居るから安心して、そしたら、なんか、涙出てきて」

「ええ?どう言う意味?色出さん頭良えはずなんに全然言ってることわからん」


とりあえず泣き止んでくれ、俺、色出さんが泣いとるとどうしてええかわかんなくなる。そう言ってシュンとする治くんは本当に困っている様子だった。それが何だか可愛くて、頬を伝っていた涙を拭いて背伸びをし、今度はこちらから治くんの頭を撫でる。するとふにゃっと力の抜けたような顔をこちらに向けた。

あぁ、この顔。この顔だ、見たかったのは。一人でこのまま誰にも気づいてもらえなかったらどうしようと思って寂しかったしさすがにちょっと挫けかけた。不安で怖い気持ちももちろんあった。その時私が頭に思い浮かべていたのは、この表情をしている治くんの姿だ。


「落ち着いたら、あとでちゃんと全部話してな」

「うん」

「全部やからな。隠し事とか許さんし」

「わかってるよ」


ポスンと治くんの胸元に顔を預けて、スゥッと空気を吸い込んだ。制汗剤の匂いに混じって柔らかな治くんの匂いがする。落ち着く。さっき感じた怖さはもうない。目の前にいる、いつも通りの大好きな治くんを感じてそっと目を閉じた。

やっぱり今度会ったらここに私を閉じ込めただろう女の子たちにもちゃんと伝えよう。もう誰にも心配はかけたくないし、さっきみたいな近寄り難い治くんなんて嫌だ。何かがあったらすぐに誰かに言う。たとえ彼女たちや周りの人に私の気持ちを話したことでそれが噂となって治くんの耳に入ってしまったとしても。そうなったらどうするかはその時に考えればいい。

私はやっぱり、この人が好き。




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