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「お、さむくん…!暑い!離してっ…!」

「離れてもどうせ暑いやん変わらん」

「変わる!それにみんな見てる!!」


昨夜、自分の気持ちをたぶん自覚してしまった。今日からどうやって治くんと接すればいいのかドキドキしながら朝を迎えた。

朝は食堂で特に絡むこともなく、練習もいつも通り行われていて、私もいつも通りにマネージャー業に精を出していた。のに。

午前中の練習が全て終わってほかのマネージャーさん達とご飯も終え、残りの休憩時間は体育館でゆっくりしようと移動してすぐのことだった。

「色出さん!」と治くんに名前を呼ばれたかと思ったら腕を引っ張られ、稲荷崎のメンバーが集まっている所に連れて行かれた。と思ったらそのままその場所にあぐらをかいて座り込んだ治くんは、腕をさらに引っ張って私を膝の上に乗せたのだ。

後ろから抱え込まれる形で腕の中にすっぽりと収まった私は数秒フリーズしたものの、ハッと意識を取り戻して冒頭の会話に戻る。


「ウケる、ヤバ、どういう状況?」

「私が聞きたいからカメラ向けるのやめて角名くん」

「お、おい…サムとしのぶって付き合い始めたん…いつや?どのタイミング?」

「付き合ってない!!!!!!」


無言でギューギューと縛りつけながら私の肩に頭を乗せる治くんは、猫のように丸まっている。好きだと思う人にこんな風にされて、嫌な気持ちにはならないけど、恥ずかしいしどうしていいかわからない。なによりも一番、治くんの気持ちがわからない。


「治くん、本当に離して?」


子供をあやす様に優しく聞いてみるも、黙ったまま。再度治くん?と名前を呼ぶと、やっと話し出した。


「さっき」


私の肩に顔を乗せたまま、小さい声で話し出す。くぐもった声が耳のすぐ近くから聴こえてきてゾワゾワする。


「梅田のテーピングしてたやろ。ありえん、アイツ絶対自分で出来る。ありえん」


駄々っ子のようにグリグリと左右に首を振りながら頭を押し付けてくる。頬にあたる治くんの髪の毛がとてもくすぐったい。


「俺が一番色出さんと仲良い。そうよな?」


玩具を取られるのを嫌がる子供のような顔をしながら、治くんは私の肩にさらに顔を埋めた。


――――――――――――――――――――


「治ってさ、ぶっちゃけ色出さんのことどう思ってんの?」


他のやつらよりも早く風呂を済ませたおかげでこの部屋には今二人だけ。昼間の事件にも似たあの治の行動にあの場にいた誰もが驚きながらも、誰も何も突っ込めなかった。


「どう思ってるってなにが?」

「好きなのかなって。あんなことしてたじゃん」


治が女子に対してあそこまで心を開くのはなんだか珍しい。治は基本的に女子に優しい。優しいというか侑みたいに余計なことはそんなにしないというか。自ら話しかけたり何か行動をするということはほとんどない。けれど基本的に話しかけられれば適度に話を返して、悪くもしなければ特別仲良くもならない。付かず離れず、適切な距離を保っているという感じだ。

侑に絡む女子たちは本気の子ももちろん多いが面白がって近づいている奴も多い。性格が性格なので少しバカにされているというか、バレーをやってる時はかっこいいのにねと言われている所もよく見る。

一方治は侑みたいに男女構わずクラス全員からギャーギャーと絡まれることはあまり無いものの、治に絡む女子たちは本気度が高いというか、ふざけて絡むと言うよりも、この子は治のこと好きなんだろうなと感じ取れるような女子が割合多かった。

うるさい時はうるさいが、いつでもクラスでみんなとワイワイ騒ぐようなタイプでもない。基本的に温厚な性格。たまに片割れとDNAが一致することが納得出来るようなアレな言動もするが、それを女子に対して発揮することはまずないのだ。

自分から一人の女子に執着したり、好意を向けるということはかなり珍しい。基本的に付かず離れず。よく調理実習の残りを貰ったり、お菓子を貰っているところも見るが、一人として執着するように強請ったり自分から頼むことはなかったように思う。

彼女が欲しいとよく口にする侑と違って、治はそのような存在にあまり興味を示さない。可愛い女優とかアイドルとかをクラスの男子に聞かれて答えたりはしてるけど、あくまで直感の好みを答えているだけのようだった。

中学の時は結構遊んでいたらしい侑の話をしながら、あいつはマジで人間としてなってないと呆れた顔をしていたのも覚えている。


「好きやで」


そんな治が、なんとでもないというように、当たり前のように言い放った。好きだと。


「へぇ、素直に認めるの意外」

「なにが?」

「自分の気持ちとか気づくの疎そうとか思ってた」


治は基本的に侑と喧嘩していない時はのんびりしているし、侑以上にマイペースに生きているような気がする。侑のマイペースさは唯我独尊的な感じだが、治のそれは少し異なる。周りにはあまり興味が無いというか。完全に己の世界、自分のペースだ。空気も読めるし、意外と人の察しもいいけれど、自分のことになるととことん疎いというかなんというか。


「友達のことはみんな好きやんか」

「…………友達?」

「友達やろ?」


あー、前言撤回。こいつ、気付いてないな。


「俺、色出さんみたいにめっちゃ仲良くしたい思える女子、初めてできた」


嬉しそうに笑うこいつを見たら今はこれ以上は何も言えなかった。あれだけしておいて気づいてないって疎いとかいうレベルじゃないだろ。とは思うものの、まぁ俺が茶々を入れなくてもいずれうまくいくとは思うから黙っておく。どのタイミングで自覚したのかはわからないけれど、なんとなく色出さんは治に対しての気持ちを自覚していると思うし。時間の問題かな。


「治が自覚するのはいつになるのかな」

「なにが?」

「なんでもない」


あーあ、いいな。なんて。

甘酸っぱい青春は俺に似合わないと思っているし、大して興味もない。侑や治には到底適わないが、全国区のバレー部のレギュラーをしているおかげか俺も度々告白されることがある。面倒そうな子は断るけれど、フリーな時期で大して面倒なことにはならなさそうだと思った子の告白はオッケーしたりする。

でもいつもバレー優先してばっかりだってフられるし、先週も同じ理由でフられた。じゃあなんで告ったんだよとイラつくけど、面倒じゃなさそうという理由で選んでいる子なので落ち込むことは少ない。でも、こいつらをみてると俺もちゃんと好きだと思える人が欲しいって、ちょっと思っちゃうんだよな。

俺にもいつかそんな人が出来る日が来るのだろうか。出来たらいいな。なんて似合わないことを、呑気にストレッチをしている治をみながら思った。




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