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次の日、練習中は特に何事もなく過ごした。治くんのことを好きかもしれないと意識しながらとか言われたけれど、部活中はそんな暇なんて全くなく、ひたすら舞い込んでくる仕事を片付けるのみ。昼休みや休憩時間は、変に治くんといると意識してしまいそうでなるべく避けるようにして過ごした。
茹だるような暑さの中練習を終え、今はやっと日も落ちてきて暑さも日中よりはだいぶ落ち着いている。練習が終わっても自主練を続ける選手たちを横目に、試合に使用したビブスの最後の洗濯を終えると、それに気づいた梅田くんがサーブ練習の手を止めてこちらへとやってきた。
「おつかれ!」
「梅田くんも、おつかれ」
かいている汗までもが爽やかに感じられる笑顔の梅田くんは、先ほどまでの過酷な練習を乗り越えた後だとは到底思えない。
「あんなに練習したのにみんな自主練してて、すごいね」
「ほんまになー。まぁ俺もやけど。せやけど今日はサーブ練だけで終わり!しのぶちゃんもやってみる?」
「私バレーボール授業でしかやったことないよ?」
「俺が教えたるから大丈夫や」
そういうとこっちこっちと手を引いて体育館の端に連れて行かれる。行くでとの掛け声とともに山なりにボールが飛んできて、トスの姿勢を作ってみるがボスッと嫌な音を立ててボールは変な方向へと飛んでいった。
「ンッ、ごめん、我慢できん笑う、下手すぎん?」
堪えきれないとでもいうように吹き出した梅田くんはそのままお腹を抱えながらゲラゲラと笑いだす。初心者とはいえ私も自分の下手さにさすがに恥ずかしくなってしまって思わず頬が火照る。
「酷い、そこまで笑わなくても良いのに!」
「仕方ないやん!次いくで次」
梅田くんの綺麗なパスを先ほどと同じように返す。今度は変な方向にはいかなかったけれど、相変わらずボスッという変な音が出るし、上へと押し上げているつもりなのに思い描いているようにボールは飛んでいかない。それをアンダーでまたしっかり私の頭上へと狂わず返球してくる梅田くんはやっぱり上手い。
そんなラリーとも呼べないようなラリーを数回繰り返していると、ガラリと扉を開けてここの体育館に顔を出した銀島くんと侑くんが、私のトスを見てゲラゲラ笑った。
「ちょっと、みんな失礼すぎない?」
「あかんてしのぶ、さすがに酷すぎやわ」
「すまん、堪えられん無理や」
ぷっ、ククッと一応笑いを堪えようとしていますという感じなのもまた私の恥ずかしさを上昇させる。私たちのやり取りをみていた梅田くんもまた一緒になって笑っていた。
「もー!そんなに笑うならもうやめてご飯食べに行く!」
耐えきれなくなって夕食へと食堂へ向かうと、そのまま練習を切り上げた梅田くんと、もともと荷物を置いて食堂へ向かうはずだったという銀島くんたちも一緒についてきて、結果4人で食べることとなった。
「なにこのメンバー」
少し後にやってきた治くんと角名くんは4人でテーブルを囲む私たちを見てハテナを浮かべている。銀島くん侑くんならまだしもここに梅田くんがいるからだろう。
「大阪のやつやん」
「おう、俺梅田。よろしゅう」
「別によろしゅうせんでええわ、何やねん」
「なになに?俺もしかしてめちゃ警戒されとる?」
「うるさいなぁ〜、はよ自分のチームんとこ帰れや」
なにやら険悪ムード。普段わりと温厚な治くんなのに珍しい。反りが合わないのだろうか。文句を言いながらも二人はちゃっかり私たちの横に座って夕食を取り始めた。
「しのぶちゃん明日も一緒にバレーしよな」
「しない…」
「なんでや〜、めっちゃおもろかったもんもう一回見たいわ」
「そうやって馬鹿にするから!しない!」
ゲラゲラと笑いながら再度先程の私のバレーボールの下手さを馬鹿にしてくる梅田くんをキッと睨みながら箸を進める。
もう早く食べて退散してしまおうと食べるスピードをあげると、それをさらに面白く思ったのか「機嫌直しや〜トス教えてあげるし」と梅田くんは茶化して笑う。
先ほどまであんなに一緒になって笑っていたのに銀島くんも、珍しく侑くんまで大人しくて不思議に思っていると、梅田くんの横に座っていた角名くんが口を開いた。
「何、さっき色出さんバレーやってたの?」
「自主練時にちょっとなー。またこれがめっちゃくちゃ下手やねん、超おかしい音するし」
「初心者なんだからしょうがないじゃん!」
「初心者でもさすがにあれは無いわ〜。宮侑くんも銀島くんもめっちゃ笑っとったやん」
「4人でやってたの?」
「いや2人。最後にこの2人がたまたま体育館来ただけや」
角名くんと梅田くんの会話を聞きながら、どうせ馬鹿にされるしもう会話には参加しないぞと勢いよくご飯を駆け込んで「ごちそうさま!」と言って席を立った。
せっかく治くんの隣に座っていたのに、一度も目が合うことはなかったことになんだかちょっと寂しいなぁと思いながら部屋までの廊下を歩く。
…………ん?寂しい?
寂しいってなんだろ、と思ったとことですっかり忘れていた昨日の女子トークでの会話を思い出す。
もし、私が治くんのことが好きなのだとしたら。この寂しさはそういうことなのだろうか。友情という意味で構ってもらえない寂しさを抱いているのだろうか。無理やり後者の考えを抱いてみるもなんだがしっくりこなかった。
つまり、私は。
そこまで考えてなんだかすごく恥ずかしくなってきてしまって顔が赤くなる感覚がする。
この寂しさに、意識的に好きかもしれないと思う気持ちを当てはめてみても違和感がないという事実に混乱する。でも違う、たぶん、まだ好きじゃない。好きかわからない。確定じゃない。もはや好きってなんだっけ?
ぐるぐるとまとまらない思考回路のまま、部屋までの道のりを走った。