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合宿も三日目となれば、各々の疲労感もピークに達する頃だ。それでももちろん練習量は減ることもなく、むしろ増しているようにも思える。

マネージャー業にも本格的に慣れてきたとはいえ、真夏の炎天下の中での作業の連続は外にいるだけでも体力を消耗するし、大量の洗濯物を運ぶのに行ったり来たり。さらに大量のドリンクを作って運ぶのにまた行ったり来たりしていた体は暑く火照っている。


「お疲れさん」


汗だくになりながらも涼しそうな顔をしている北先輩に感心しながらお疲れ様ですと返事をする。「滝川は?」と聞かれたので、午後に使うビブスを取りに行っていることを伝えると、そうか。とそれだけ言いその場に座り込んだ。


「マネ業にもだいぶ慣れてきたようやな」

「おかげさまで。すえ先輩も優しく教えてくれるし、みんなもすぐ手伝ってくれるので助かってます」


北さんと話しているとすえ先輩が帰ってくる。両手にビブスを抱えているのを見て半分持とうと立ち上がろうとすると、私よりも早く動き出した北先輩が「午後のメニューなんやけど」と話しかけながら自然とビブスを半分自分の腕に抱えていた。

北先輩は本当に出来ている人間だなぁとまた一人感心した。


――――――――――――――


三日目の怒涛の練習を終えた夜。3泊4日の合宿は明日で終わる。つまり、今はここで過ごす最後の夜だ。何も考える暇もないくらいにあっという間だったなぁとぼんやりしていると、この前のように前から治くんと角名くんが歩いてきた。


「色出さんや」

「どしたのこんなとこで」

「最後の夜だなぁって思ってぼーっとしてた」


二人は今お風呂から出たところらしくまだ髪が濡れている。いつもよりもしおらしくなっている髪の毛がなんだか二人を幼く見せているようで面白い。



「今男子部屋でウノしてるっぽいんだけど色出さんもやろうよ」

「ツムが勝つまでやるってうるさくてしゃーなくてな」


せっかくだからと誘われるがままに男子部屋を訪れると、布団を真ん中に寄せ合って円になりウノ大会が行われていた。その中にはすえ先輩の姿もあって、その横に座ると私の横に治くん、角名くんと続く。

なかなかの大人数なので、とりあえず最初はみんなのプレーを見守っていると、同じく隣で見ていた治くんはまだこの部屋に来て3分ほどしか経っていないのにその場にゴロンと転がり始めた。


「ねっっむ」

「練習凄かったしねぇ。ウノやらずにもう寝ちゃえば?」

「んー」

「治、寝るなら髪乾かしてからにせえ」


北先輩にそう言われ、ノソノソとドライヤーを取ってきた治くんはウノ勢の円から少し離れた場所にあるコンセントのある場所でドライヤーをかけ始める。


「しのぶちゃんやる?」

「私まだ見てます、大丈夫です」


先ほどの勝負は北さんが勝ったらしく侑くんは頭を抱えている。第二戦が始まり、今度は新たに参戦した角名くんがすごいカード運を発揮して、私と反対隣に座る侑くんを追い詰めている。

ブォーと音が絶えず聞こえているので治くんはずっとドライヤーをかけているんだと思っていたが、不意に視界に入った治くんは完全に下を向いていて、片手に持ったドライヤーは膝のあたりから動かない。


「治くん?熱くない?」

「…ん、あかん、寝よった」


近づいて声をかけると、案の定寝ていた治くんがハッと上を向くが、眠さの限界なのかその動きにはいつものようなキレがない。


「眠い」

「髪まだぜんぜん乾いてないよ」

「夏やからすぐ乾くしええやろ〜」

「夏だからって風邪引くよ。あと枕ビチャビチャになる」

「それは北さんが怒りそうや」


うつらうつらとしながら片手でドライヤーを持ち直しワシャワシャとかけ始めるが、ものの30秒ほどでその手は止まりドライヤーは再び膝あたりに置かれた。


「…は、ダメやまた寝よった。寝てたよな?」

「寝てたね」

「あかん〜無理や〜」


しおしおと背中を丸めて小さくなっていく治くんは完全に諦めたようでドライヤーを手放してしまった。


「もう色出さんかけて」

「えっ、私?」

「自分じゃ無理、寝る」


ズイッと目の前に差し出されたドライヤー。膝を抱えて丸まっていた治くんはくるりと回転して私に背を向ける。

混乱しつつもこのままでは本当に寝てしまうしなぁと思いそろそろと治くんの髪に手を伸ばせば、ドライヤーで揺れるシルバーの綺麗な髪が指先に当たった。

ふわふわ。

半分夢の中にいる治くんはうつらうつらと船を漕いで、たまに倒れそうになりつつもなんとか体勢を維持している。

柔らかな髪の毛に指を通すたびにふらふらと揺れる頭を支える。ドライヤーで指先が熱い。流れで自然とこうなってしまったが、今かなり恥ずかしいことをしているのではとジワジワ自覚してしまって、無意識にドライヤーをかける手を早める。


「治くん?終わったから、もう寝ちゃいな」

「ん、気持ちよかった」

「もうそんなこと言わなくていいから。明日も練習あるし、布団どこ?」

「ここ。もう限界」


ボフンとその場に倒れた治くんはそのまま眠りにつくが、再度そっと目を開けて、ドライヤーの線を巻いていた私の指先に触れる。


「魔法みたいや」

「…魔法?」

「色出さんが食べさせてくれるといつもの倍食べ物がうまい。ドライヤーも、めっちゃ気持ちい」

「えっ」

「色出さんは、魔法使いみたいやなぁ」


寝る直前特有のトロンとした目を向けられて、いつもよりもゆっくりと小さな声でそう言われる。会話というよりも、自身の感想をそのまま口に出したというような呟き方。

撫でられていた指先を一瞬だけキュッと握られて、「おやすみ」と柔らかく笑ったあと、今度こそ治くんは本格的に眠ってしまった。

呆気にとられてスヤスヤと眠る治くんをしばらくぼーっと眺めていたが、ハッとしてドライヤーを再度片しはじめる。

指先が熱いのは、ドライヤーを当てていたからだ。治くんが触ったからじゃない。頬がこんなにも熱いのは、治くんの頭の位置が高かったからドライヤーの熱が当たっていただけだ。きっとそうだ。

悶々としながら片付けを終えると、まだまだ白熱しているウノ大会の輪にそっと再び加わる。


「楽しそうだったね」

「…………見てたの?」

「人聞き悪いな、見えてたんだよ」


隣に座る角名くんが周りには聞こえない程度の小声で話しかけてくる。


「ずいぶん振り回されてんね」

「もうホントなに考えてるかわかんない」

「色出さんは?」

「恥ずかしいからやめてほしい」

「それだけ?」

「うん?」


おっと、こっちも無自覚なのか。そう言いながら手元にあるカードを出した角名くんは控えめに笑いながらこちらを向く。


「治もまだ、無自覚」


意味深な言葉を残しながら、クツクツと喉を鳴らす角名くんを怪訝な顔をして見る。隣の隣では「角名ァ!お前なんでこんな大事なところでドロー4重ねてくんねんしばき倒すぞ!」という侑くんの声が聞こえる。

まだ手先に残るふわふわとした感触を思い出しながら、整理のつかない気持ちを吐き出すようにしてため息をついた。

チラリと後ろを振り向くと、スヤスヤと気持ちよさそうに寝ている治くんが寝返りを打っていた。




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