「あれ、帰ってきたん?」


しのぶちゃんの家のインターホンを押すと、出迎えてくれたのは治くんだった。今日もしのぶちゃんの家に来ていたらしく、おかえり〜と言ってリビングへと戻っていく。


「なんや帰ってこんと思っとった、北さんも堅いなぁ」

「治くん、知ってたの」

「おん。なに、好きとか言われた?」

「好き、っていうか……」


プロポーズをされた。北に。私でもまだ意味がわからない。エイプリルフール?夢か何か?

言葉に詰まった私を見て笑った治くんは、とりあえず座っとれとお茶を用意してくれた。暖かいお茶を飲むと心が落ち着く、気がする。気がするだけで全く落ち着いてはいないけれど。


「で?好きじゃなくてなんて言われたん?」


ニヤリと嫌な笑みを浮かべながらこちらを見てくる治くんは、やはりなかなか良い性格をしている。





「けっ、こん、って何で」

「何でって、したいと思ったから伝えた」

「……結婚だよ?!意味わかってる!?そんな簡単に口にしていいことじゃないよ」

「俺が簡単にこんなこと言うと思っとるんか?」

「…………」


北は、絶対に軽はずみな発言や行動をしない。北が発する言葉には発するまでに至る根拠があって、確信があって、正しさがある。ましてや結婚などという大事な言葉をあの北が冗談でもいうはずがないのだ。

言うはずがないから、困っているのだ。

本気?だとしたら何で?あの時私のことをふったのは北だ。そういう風に見たことはないと、北が言ったじゃないか。結婚するということは、夫婦になるということで、夫婦になるということは、生涯を共にするということで。


「北は、私のこと好きじゃないじゃん」

「俺がお前のこと好きならそれでええんか?」

「そういうことじゃ……」

「俺がお前のこと好きなら結婚できるんか?断る理由は俺の気持ちのみにあるんか?」

「待って、何でそうなるの」

「俺はお前の気持ちを聞いとる。お前が俺と結婚したいかしたくないか、出来るか出来ないかや」

「私、は、私のことをちゃんと好きな人と結婚したい。他の人を見ない人と、他の人のところには行かない人」

「答えになってへん」

「北は、私のこと、好きじゃないじゃん」


プロポーズと言っていいのかはわからないが、それを受けているのは私のはずなのに、なぜか私が責められているような気がしてジワッと涙が浮かんでくる。

私の気持ちなんかもう何処にやっていいかわからない。わからないけど、もう傷つきたくない。


「俺は、滝川のこと好きや」


真っ直ぐと目を見て言われた言葉。真っ直ぐと耳に入ってきたその言葉にどうしたって動揺してしまう。だって、あの時、北は。


「北は、私のことふったじゃん」

「あの時は確かに気づいてなかった」

「なにそれ」

「告白されて初めて意識した。卒業して離れて、初めて自覚した。それからずっと、俺は滝川が好きや」


私に彼氏がいるという情報を高校の知り合いから聞いても、私が結婚すると言っても、それでも好きだったと言う目の前にいるこの男は、本当に数年前のあの日私をフった北なのだろうか。


「俺と結婚したいか?」

「……わからないよ」

「俺は絶対に浮気も隠し事もせん」

「それは、知ってる」

「お前はさっき、相手のことを言ってばっかやった。お前のこと好きな奴、裏切らない奴、そんなん探せば俺やなくてもたくさんおる。あの男が特別糞だっただけや」

「…………」

「俺は滝川と結婚したい。でも、それには滝川の心からの同意と気持ちがなきゃ意味あらへん」


ぽたりと、頬を伝って流れ落ちた涙が膝の上の手の甲に落ちた。そっと親指で私の目元を拭った北は、そのまま両手で私の顔を固定する。目線をそらそうにもそらせない。完全に逃げ場を失った私は北を見つめることしかできなくて、ジッとこちらを見る大きな双眼を同じように見つめ返した。


「俺はお前のことが好きや。絶対裏切らへん。これから証明する。そんでお前が俺のことちゃんと信じて、ちゃんともう一回好きになってくれたら、そしたら」


俺と結婚せえ。

鼻の奥がツンとして、視界がぼやけていく。勝手に溢れ出す涙を、優しく笑った北が頬を支えていた両手を動かし拭いとってくれた。





「ほぉ、プロポーズか。さすがにそれは俺も想像してへんかった」


角名だけじゃなくて北さんにまで先越されたわ〜と呑気に笑う治くんは、面白そうにしながら私の頭をポンポンと叩いた。


「治くんは、知ってたの、北が私を好きだってこと」

「おん。知ってんのは多分俺とアランくんくらいやと思うけどな」


ええ人見つかって良かったやん。そう言って立ち上がる治くんを目で追う。良い人って、私まだ結婚するとは言ってないんですけど。そう言いたいのが伝わったのか、こちらを向いた治くんはにっかりと笑いながら「断らんかったんやろ?それってもう、いざもう一回好きになったら結婚するってことやん」と言い、鼻歌を歌いながらキッチンへと消えていった。


「……な、んでそうなるの!?てか治くんお店は!?」

「昨日今日は優秀な従業員たちに任せとるんや。めでたいから今日は豪華なもん食うか〜」

「めでたくないから!」


私の人生、これからどうなってしまうんだろう。

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