途方に暮れた私は、とりあえず荷物をまとめて兵庫へと戻った。東京は家賃も高いし、仕事が決まるまではニートだ。東京で生活を送るには少しリスクが高い。かといってさすがに今の状況で実家には帰れなくて、高校の後輩に相談した。


「しのぶちゃん、ごめん迷惑かけて」

「大丈夫です!私が言っていいのかわからないですけど、本当に大変でしたね」


理由もよく話さないまま急にしばらく泊めてほしいとの無茶を言ったにもかかわらず、電話のみで私の不穏さを感じ取ったのか、この後輩は二つ返事で引き受けてくれた。直接会ってから詳しいことは話すからと言ってあったので、彼女の家についてすぐに、どういう経緯で兵庫に戻ってくることになったかを一通り話した。

次の日、朝からネットで就職先と新しい住居の検討をつけるために、彼女の家でひたすらパソコンと向かい合っていた。不動産に行くと一日時間を取られてしまうし、ハローワーク等も時間がかかる。どちらもいっぺんに決めるには、ある程度の検討をつけた上で向かうのがいいと判断したからだ。

数件の物件と惹かれる仕事内容の会社を数社見つけ、大きく伸びをする。気づけばあたりは夕陽に染まっていて、自分の集中力に驚いた。そういえば今日は朝ごはんしか食べていない。集中が切れた途端に急に空腹が主張し始め、コンビニにでも行こうかと財布を手にした時だった。

玄関先からガチャガチャと音がした。彼女は一人暮らしのはずで、仕事から帰るにはまだ時間が早い。しばらくするとドアの開く音がして、ガサガサと人の気配がする。このリビングまで繋がる短い廊下を歩く足音は重く、男性と思わされるもので、リビングのドアが開かれる音に思わず背筋を凍らせた。


「…………あり?」

「…………え、あ、治くん?」

「すえさん?なんでおるん?」


部屋に入ってきたのは高校時代の部活の後輩で、体に入っていた力が一気に抜ける。そうだ、彼としのぶちゃんは高校時代からお付き合いをしていて、彼が彼女の家の合鍵を持っていることなんて何もおかしくない。


「いろいろあって、しばらくここにお世話になってるの」

「ふうん」


特に私の事情には興味がないのか、それだけいうと彼はそのままキッチンへと消えた。しばらくガサゴソとビニール袋の音が聞こえていたと思ったら、顔を出した彼はおにぎりを片手にこちらへ寄ってきた。


「食います?」

「え、くれるの?じゃあ食べようかな」

「俺んとこの人気商品やで、落ち込んだ気分も晴れるわ」

「……落ち込んでるように見える?」

「おん。なんつーか覇気ないし。てかすえさん結婚するんやなかったっけ?なのにどしたん?」

「…………」

「もしかして聞いちゃいけなかったやつか」


察しの良い彼は、話したくなければ別にええけど。とキッチンに再び戻り作業を再開した。彼は双子のもう一人の片割れよりもいくらか落ち着いている節がある。聞き分けも良くて人の気持ちも汲める。相変わらずいい人だ。


「今、ちょっと大変で」

「おー」

「……しのぶちゃん帰ってきたら話すね」


私がそういうと、んじゃそれまでは何があったのか知らんけどリラックスして過ごそうやと、いつの間にいれたのか暖かいお茶を持ってきてくれた。彼のお店のおにぎりと相性がとても良くて、彼の優しさとおにぎりの美味しさに心もお腹もポカポカする。

しばらくしてしのぶちゃんが帰ってきて、治くんが作った夕食を3人で食べた。さすがというべきか彼の料理はとても美味しくて感心する。お腹も満たされ三人で食後のお茶をすすっていると、「で、何があったん?」と治くんが聞いてくる。

話が話なだけにあまり広めたくはない。けれどここに泊めてもらう以上は仕方がないし、先ほど話すと言ってしまったので、昨晩しのぶちゃんに話したように彼にも同じ話をした。


「つまり住所不定無職ってことか」

「その通りなんだけど、その言い方はやめてくれないかな……」


真剣な顔つきで話を聞いてくれていたのに、話を聞き終えた一言目でそれか!と呆れていると、なんや思ったよりも元気そうやんと彼は笑った。


「カラ元気でも何でも、普段通りにしてなきゃやってられないというか、何というか」

「ええやんええやん。別れて正解やし、籍ちゃんと入れる前に発覚して良かったと思お」

「本当にそうなんだけど、そうなんだけど……複雑すぎるよね」

「先輩はこれからこっちで過ごすんですか?」

「んー、そうだねぇ。東京にいる理由も特にないしな〜」


残ったお茶を一気に飲み干して一息つく。本当にこれからどうしようか。住む場所も、仕事も。もちろん恋愛も。


「あー、この歳でまた一から恋愛始めるのつらいなぁ」

「そんな歳いってないやん何言っとんの」

「でもさ、この人って決めた人ができてさ、もう一生この人と一緒にいるんだーって思ってたんだよ。ついこの間まで。ただ付き合ってて振られたのと訳が違うし」

「確かに、私なら人間不信になりそう」

「でしょー?次にこういう相手が出来ても、疑っちゃうんじゃないかなーとか思っちゃう」

「誠実な人と付き合えばええやん」

「彼も誠実だと思ってたんだよ、本当に」


はぁ、とため息をつく。幸せそうな二人と比べるととても惨めだ。二人の時間をこうして私がいることで潰してしまうのも申し訳ないし、やっぱり早いうちにここも出て行かなきゃな。


「とりあえず何よりもまず家を探す」

「おん」

「あと親を説得する」

「親?」


きっと今頃、結婚の挨拶はまだかまだかと待っているに違いない。少し前に電話で一日開けられる日あるかな?と尋ねたところ、結婚でもするのかと聞かれた。話をうまく流せない私はそのまま隠しきれずにバレてしまった。


「どうしよう、割と一番難解かもしれない」

「助っ人でも呼ぼか」

「助っ人?誰なのそれ」

「呼べば何でも解決に導いてくれそうな人、俺知っとる」


胡散臭いなその人。でも本当に解決できるのなら、この際その胡散臭さにも乗っかってしまいたい。もう何があっても動揺したりしないだろうし、そんなに言うのならば何かしらのアドバイスくらいは聞けるかもしれない。そう思い、思い切って会ってみることにした。


「早速やけど明日空いとるって」

「私も空いてるよ明日」

「ニートやしな」

「一言余計だな」


ええやん、波乱万丈な人生。おもろいわ。そう言いながら彼は大きく笑った。まったく他人事だと思って。ちょっぴり失礼だ。先ほど良い人だと思ったのは、ほんの少しだけ訂正したい。

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