綺麗に咲き誇った小さな花たちを付けた枝が、ふわりふわりと冬の冷たさを忘れた少しだけ温度のある風に揺れている。見上げた薄いピンク色の桃の花から、真っ直ぐに伸びる目の前の道に視線を戻すと、遠くに制服を着てはしゃぐ集団の姿が見えた。

全員お揃いで胸元に咲かせた花には祝いの文字。大切そうに一人一人手に抱えている筒は私も見覚えがある。満開の笑顔が咲いた学生たち。その横を通り過ぎる瞬間にだけ見えた少し赤らんだ目元に愛しさを感じた。


「卒業式か。懐かしいな」


隣から聞こえてきたその声に「そうだねぇ」と数年前の自分たちのことを思い出しながら返事をする。先程の学生たちが着ていた制服を自分たちも纏っていた頃。数ある思い出の中から、もうだいぶ昔のようにも感じられるその日の記憶を掬い上げた。


「呼吸困難で死ぬんちゃうかってほど泣いとったな」

「上京組だったから、みんなと離れ離れだったし」

「別に一生の別れでもないのにな」

「でも未来なんてどうなるかはわからないじゃん」


出会いと別れの季節と言うけれど、あの頃の私にとっては別れの方にかかる比率が大きすぎて耐えられなかった。ここを離れることを決めたのも自分で、その前に信介に気持ちを伝えると決めたのも自分。当時受け入れてもらえなかった想いは蕾のまま開花することは無かった。


「信介がさぁ、卒業前に私のことフッたじゃない」

「…………せやな」

「だからもう色んな意味で戻れないのかなぁって思って」

「……未来なんてどうなるかわからんやろ」


いつになく苦し紛れな信介の回答に笑みを浮かべる。気まずそうに目線を逸らして、懐かしいと話し始めたのは自分なのに「過ぎたことを振り返ったって仕方ない」なんて言い出すから面白い。フフッと思わず声を漏らすと、少しムッとした顔をして口元に当てていた私の手を取った。


「あの日、お前に言うたこと覚えとる?」

「うん」


みんなと離れるのが寂しいと泣く私に信介が言った。「生きてればまた会えるやろ」と。その時は確かそういう問題じゃないと返して肩を叩いた気がする。

無言で歩き出す信介のスラリとした指に自分のそれを絡めて、肩が触れ合うくらいに近づいた。真っ直ぐ前を向いたままの信介とは視線が合わない。同じように私も前を向いた。ゆらゆらと揺れる満開の桃の花と、綺麗な春の青い空が視界を覆った。


「間違っとらんかったやろ」


信介がこちらを向いたと同時にふわっと強く風が吹く。ひらひらと花びらが舞い上がって、繋がれた手に力が込められて強く引き寄せられた。

あの時蕾のまま開花するタイミングを見失った想いが、数年越しに花を咲かせた。

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