双子は似ている。自他共にそう思う。細かい性格は違えどDNAは一生やし、根っこの考えは似ている。背も、体格も、声も、顔なんてそっくりそのままや。双子は似ている。良いものから悪いものまで。

女の、趣味でさえ。

たぶんサムより大分ちゃらんぽらんに生きてきたと思う。バレーに関する真剣さは負けるつもりはないけど、人付き合いに関しては悔しいがサムの方が上手や。恋愛に関しても。自覚もあるくらいにはモテるのを良いことに来るもの拒まずしとる時もあった。サムはそういうことはしていなかったように思う。

その差なんか?いや、根本的な原因はきっとそこではない。ただあいつが俺よりサムを選んだだけ。何もかも似ている俺らの中から、サムだけの良いところを見つけ出して、サムを好きになっただけ。


「俺はサムの片割れやからなんとなくわかるんやけど、お前ならきっと大丈夫やで」


本心やった。「失敗するからやめとき」そう言えば彼女とサムの恋路は邪魔できたんやろうか。そんなことしてもたぶん出来んかったと思う。それにあの時あの瞬間、あぁやって自分の本心を隠してでも優しくしたかった。出来る限り傷つけたくなかった。壊してやろか何てそんな邪念すらも思い浮かばないほどに、自分でもびっくりするくらいスラスラと口から出た言葉はホントのホントに本心やったんや。心から好きやった。邪魔なんてできんかった。幸せになって欲しかった。


「宮くん」


完全に一人きりやと思っていた教室に声が響く。危な、もう少し干渉に浸っとったら泣いとったかもしれん。見られんくてよかった。


「泣いてる?」

「泣いとらんわ、いきなり失礼なやつやな」


そこにいたのは中学からの同級生の女やった。けれどクラスも違えば他のことでの接点も特に無いので名前は覚えとらん。それでもさすがに5年も学校が一緒やと顔くらいはわかる。


「失恋?」

「……アホか、モッテモテな俺が失恋なんてするわけないやろ」

「色出さんじゃないの?」


こいつの発した一言に一瞬で怯んでしまった。なんで知っとるんや。なんで気付いた。なんでわかった。あいつにもサムにも、角名にも銀にも、誰にも言ったことはないしバレんように手を尽くしてきたはずや。それやのに。


「………何でや」

「宮くん、ずっと色出さんのこと好きだったじゃん」


とびきり低い声が出たと思う。自分でもこんな声が出るんかと驚くほどに。それでも1ミリの動揺も見せず、怯みもせずに、まるで当たり前のことやとでもいうように目の前のこいつは笑みを浮かべながら言い放った。


「でも振られちゃったんでしょ。うーん、ちょっと違うかな、押し殺したんだよね、自分の気持ち」

「…なんで」

「知ってるかって?見てたから、5年間。宮くんのこと」


これもさと当然やというように言い放った。見てたからってなんや。知っとるからなんや、わかっとったからなんや。一体お前は俺に何が言いたい。ふられて惨めやとでも言いたいんか。想いを伝えず自ら引き下がったのは逃げやとでも言いたいんか。長い片想いが実らなかったことを笑いたいんか。それとも、他に何かあるんか。


「俺が失恋したからそこに付けこもうってか」

「うーん、そうなんだけど、ちょっと違うかなぁ」

「ハッキリせんな、イライラするわ」

「慰めてあげようか。うち基本家に親いないし。目つぶって私のこと色出さんだと思っていいよ」


それは自分をあいつに重ねてもええからセックスしろということなんか。あほちゃう。初めてちゃんと話したけど、思っとった以上にどうやらこいつは頭がイカレとる。

顔立ちは悪くない。間違いなく美人の部類で、可愛い系のあいつとは違いこいつはどちらかと言えば綺麗寄りや。ただ誰と話しとるのも見たことがない。友達も多分おらん。いつも一人で黙っとるから、新年度すぐは同級生やら先輩後輩達から遠巻きにチラチラ見られたり噂になったりしてはいるものの、近寄り難すぎてひと月もすれば誰もこいつのことは話さんくなる。

そんな女がいきなり話しかけてきたかと思えばこれや。予想と偏見は今この瞬間に確信へと変わる。こいつは絶対に変な女や。


「もちろん私のこと好きにならなくていいし、付き合わなくてもいいよ。ただ、私が宮くんを慰めてあげる」


表情ひとつ変えずにスラスラとそんな言葉を口にする。呆れた。大バカやん。なんやねんそれ。笑えな。プライドとか無いんか。

絶対に、変な女なのに。見た目も真逆、考えとることが手に取るように分かりやすいあいつとは違って何考えとるかもようわからん。あいつはこんな発言は絶対にしない。ボブではないロングヘアーなのも真逆。どこを取ってもあいつとは似ても似つかないような女。それやのに。

ただこのどこにもやりようのない行き場のない気持ちをどうにかしたくて、ついつい手を取ってしまった。

行為中何度も何度も名前を呼んだ。こいつのではない、あいつの。こいつは喘ぐ以外には何も喋らんかった。こいつなりの配慮なのかもしれんし、意地なのかもわからん。ただ面倒なだけなのかもしれん。欲も何もかも一心不乱に吐き出して身も心も疲れ切った身体じゃ、今はもうこれ以上何も考えられない。

次の日は何事もなかったかのように登校した。宮兄弟の治の方に彼女が出来た。登校すれば教室はその話で持ちきりや。イライラする。何もかも。それでも廊下でみんなからおめでとうと言われ幸せそうに笑うあいつを見るとこれで良かったんやと思う。しかしそうは思っていても、やはり幸せそうにするあいつの隣で同じように幸せそうに笑っとる片割れが視界に入る度、どうしようもない気持ちになった。

嫉妬、悲しみ、寂しさ、どれが俺の心を支配しとるのかはようわからん。ただグルグルと胸の中心に渦巻く重い感情のせいで気分は全然良くない。何も見たくなくて校舎を駆け抜けた。もう次の授業はサボりでもええやろ。


「宮くん」


校舎裏の人の来ない花壇の前に座り込んで空を見とったら聞き覚えのある声に名前を呼ばれる。顔を上げるとそこには不敵な笑みを浮かべたあの女がおった。

昨日の行為の後、こいつは他に何をいうでもなく好きな時に帰って良いからと言い残し一人リビングへと移動しよった。余韻もなにもありゃしない。さっさと服を着て何も無かったかのようにドアから出ていき、遠ざかる足音が頭に響く中俺は一人置いてけぼりになる。でも優しい言葉なんてかけられる心境やないし、そもそもこいつようわからんし、変にベタベタされるよりは楽でええなと思った。

全て吐き出してもう動きたくもなかった俺はこいつの部屋で30分くらい寝て、それから帰り支度をして帰った。せめて一言くらいは声をかけなくてはと思いリビングに顔を覗かせ「帰るで」とだけ言った俺に、こいつは見ていたテレビから目を離すこともなく「うん、またね」それだけを言った。


「辛くなった?」

「うざ、傷えぐりにきたんか」

「ううん、慰めに来ただけ」


そうやって昨日と同じようにフフッと軽い笑みを浮かべながら、俺の鋭い視線を物ともせずにあっけらかんと言い放った。読めない表情に読めない発言。何もかもが胡散臭い。一体俺と何がしたいん。その顔の裏に隠れるお前の本心は何なん。


「そんなに俺とヤリたいんか」

「宮くんが、悲しそうな顔してるのが見えたから」


これから致すであろう何の感情もないような下劣な行為とは裏腹に、こいつは綺麗な顔で笑う。アホらし。お前は黙っとったけど昨日まで処女やったやん。挿れた感覚でわかったわ。せやけどこいつはそんなん感じさせんくらい泣くことも痛みを訴えることもせんかった。馬鹿みたいに力の入った体を震わせながら初めての衝撃に耐え続けるその姿に、全然ちゃうのに今の俺の心みたいやなんて少し共感と同情を覚えながらそのまま行為を続けた。

アホなこいつとアホな俺。そうやってあいつのことで俺が思い悩むたび、傷付くたび、忘れられずにしんどくなるたび、エスパーなんかと思うくらいこいつは俺の前に顔を出した。そして決まり文句のように「宮くん」「慰めてあげようか」と綺麗な笑みを浮かべて言うんや。

そんな日々を繰り返した。いつからかあいつのこと絡みじゃなくても、バレーで良い結果が出んかった時やむしゃくしゃしていた時、原因を問わず俺が何か思うたびにこいつの慰め行為は続いていった。

気がつけば、俺たちは高校を卒業していた。


「宮くん」

「お前、最後までそれなんか」

「卒業おめでとう」

「お前も。…………あと、すまん」

「なにが?」

「何がって。お前から誘ってきたとは言え、都合の良いように使っとったなぁと思ってさすがの俺もちょっと罪悪感感じとるんよ」

「いいのに」


意外と律儀だよねとケラケラ笑う。腰まで届く長い髪が、まだ少し冷たい春の風に揺れた。


「なぁ、名前、何ていうん」


名前はまだ知らなかった。何回も体は重ねても名前を呼ぶことはなかったし、こいつも何も言わんかった。クラスの男子に聞けば、こいつの教室に行けば、中学の卒業アルバムを開けば、こいつの名前なんかすぐに知れたのに。連絡を取るための番号を知ってはいるが、名前の登録はせんかった。


「筑波みな。今更だけどね」


筑波、みな。覚えたての名前を心の中でそっと呟いた。筑波みな、俺の人生の中でもある意味絶対忘れられないような人物や。それも今日で終わり。こいつと関わって1年と少し、ようやく知った名前を呼ぶ事はきっともう無い。


「宮くん、東京だよね」

「プロになるからな」

「私もね、東京の大学に行くんだ」


ハッとこいつの顔を見た。相変わらずヘラヘラした顔で、「ストーカーって訳じゃないよ?たまたま行きたい学部と就職先がそっちでさ」と笑いながら言う。でもそれだけやった。また会おうとは言われなかった。また会おうとも言えんかった。

三月の冷たい風が、俺たちの間を通り抜けた。



- ナノ -