今日も暑いんだろうな。 でも、部屋に居る私には外の温度なんてわからない。外へ出ないから。部屋が快適すぎて、外へ出たくない。 きっと外は恐ろしいことになっているはずだ。コンクリートがメッラメラ太陽を照り返しているんだろう…。 冷房は28度に設定してある。せめて温度は環境に配慮しておく。でもねえ、毎日冷房動かしてたらそりゃ地球も乾燥しちゃうよねー。なんて頭ではわかってるのに、私は優雅に部屋でごろごろしてしまう。 このままではいけないな、と思う。環境に対して。 せめて扇風機を動かさないとなあ。 このままではいけないな、と思う。私に対して。 折角の夏休みなのに、外へ出ないなんて、良くないなと思った。 身体を動かしてみるが、寝っぱなしだったので、思うように力が入らない。 家の中にいると自分が退化していくなとしみじみ思えた。 適当に着替えて、外へ出てみる。 「あっつー…」 じわあ、と身体に降りかかる熱。こんなものを浴びていたらいつか溶けてしまうんじゃないかとかぶつぶつ考えながら、歩き出す。 そんで、隣の家へ到着。 すばらしきお隣様。 インターホンを鳴らす。 ぴいんぽおん、って音が家の中から少し聞こえる。 どたどた、って音がして、扉が開く。 「お、どうしたネ」 ひょっこり顔を出したのは、神楽ちゃん。サンダルを足に引っ掛けながら訊いてくる。何処かへ出かけるのだろうか。 「遊びに来たんだけど、神楽ちゃんはお出かけ?」 「そうアル。姉御に誘われたヨ。一緒に行く?プール」 「プールかあ…この腹は見せらんないわ。また今度さそってよ」 「いいアルよ。じゃ、行って来るヨ!」 ひらひら手を振りながら走っていく神楽ちゃん。あ、走りながら日傘を差している。 この暑いのに遊ぶなんて凄いなあ、って思ってしまう私はおばさんみたいだ。しかし正月太りがまた治らないのだからやっぱりおばさんなのかも。まあただたんに動かないだけなんだけどね、なんてことを考えながら、ドアを開けて勝手にお邪魔する。まあ、お隣さんで幼馴染なので勝手に家に入ったりなんてのはいつものことだ。 お邪魔しますと云っても返事は無い。まあこれもいつものことだけど。 階段を上る。 部屋の前に着く。 一応ノック。コンコン。 返事は無い。 ドアを開ける。 ドアを開けた瞬間、足から染み込んで行く冷たい冷気に身震いしてしまう。 冷房、何度に設定しているんだろ。 ベッドの上に身体を丸めて横になっている人を発見。ちなみにこちらに背を向けて。 言わずもがな、神威さんですけど。 タオルケットを身体に絡めている。 「おはよー」 なるべく大きな声を出してみたけれど、返事は無い。 「あついねー」 応答なし。 「この部屋寒いねー」 応答なし。 しっかし、あれだ。 なんでこんなに散らかってるんだこいつの部屋。 衣服やら雑誌やらを踏まないよう足場を確保しながらベッドまで近付く。 彼の顔を覗き込んでみる。 綺麗な寝顔を拝もうとしたのに、目はぱっちりと開かれていた。その目と目が合ってしまう。 「ぎゃあ!!」身体を仰け反らせて叫んでしまう。 「…うるさいなあ」 頭をがしがし掻きながら彼は酷く迷惑そうに云う。 「おはよ」 私は何度目かの朝の挨拶を告げる。 が、応答なし。 寝たのか無視かなんなのか。 とりあえず全体重を掛けてベッドに乗る。ベッドの軋む音が耳に入り込む。 神威が身じろいだかと思うと足を動かして、私を蹴る。いてえ。静かにしてよ、と神威。すみません。声には出さず心の中で呟く。彼の足は定位置へ戻っていく。 「神威さんよ、元気?」 「元気って何が」 おお、やっと返事してくれた。 彼はこちらに顔を向けて私を見る。 また目が合う。今度は身体を仰け反って叫んだりはしない。 「私にもわからないけど」 「あっそ」 手を伸ばして、私を蹴った足に触れる。爪先から脹脛へと手をすべらせていく。するする音がしそうなくらい滑らかで、冷たい足に驚く。そして羨ましいと思う。なんでこんなに滑らかなんだ。 「なに」 「なんでもないけど」 「けど?」 「冷たいね、足」 彼の視線が弱くなる。いや、私の眼差しが弱くなっただけかも。 とりあえずこの足の綺麗さが悔しいからつねっておく。えいや!「痛いなあ」、彼の軽い声。 痛いなんてこれっぽっちも思ってないと思う。でも眼差しが鋭くて痛い。ささっと手を放しておく。 すると彼はいきなりタオルケットを投げ飛ばし、むくりと起き上がった。頭を押さえている。頭が痛いのか。多分そうだと思う。寝すぎると頭が痛くなるからね。あー辛そう。 それから彼の視線は窓に注がれる。窓から差し込む陽の光が床に当たっていた。それを見て顔をしかめる神威。 「夏って嫌だな」 消え入りそうな声で呟いた。 その横顔を見て思う。 消えてしまいそうだ。 夏に溶けて、消えてしまう。 その床に落とされている光が僅かに彼の肌を照らす。 きらきら、何かの始まりのように照らされている。 夏は暑い。 夏は溶ける。 夏はべたつく。 それでも私はどうしても夏を嫌いにはなれない。 「夏も少しはいいもんだって思うよ」そんな彼の横顔を眺めながら、笑う。 「あっそ」彼は不機嫌そうな顔で私を見る。 夏は本当に面倒で嫌な季節だけど。 あのべたつきも、肌を伝う汗も、理不尽な太陽だって、ぜんぶぜんぶ、許せてしまう。 まあ、たまにだけどね。 疲れた、と独り言を投げ出しながら、彼はベッドへ倒れこむ。軋むベッド。 彼は気だるそうに私へ手を伸ばす。私の腕を掴んで、ひっぱる。だからいたいって。 仕方がなく顔を近づけてみる。目の前に彼の顔。いつも見てるはずなのに、こういう瞬間は心臓が高鳴ってしまう。 今気が付いたけど、自然と私が彼を押し倒したような図になっている。おいおい。 私の髪の毛が下へ流れていく。「髪、邪魔」はいはいすみません。 「なんでそんなに嬉しそうなの」私の髪の毛を触りながら彼は云う。 「なんでだろうね」ぶっちゃけ私にもよくわからないけど。って、そんなに嬉しそうな顔してるのかい私は。 髪の毛から手を放したかと思うと、彼の右手が私の両方の頬を掴む。ぎゅ、って。めっちゃくちゃ痛いんだけど。どんだけ力込めてんの?ってかこれ唇が突き出されてもう女の子の顔じゃなくなってるよ!う、あー、絶対口内の細胞死んでってるよ。ぶちぶち音がしそうだもん。いてててて。 「ひっどい顔だね」 そんな私の顔を見て愉快そうに笑う目の前の人。あんたが原因じゃん!! 「あ、そうだ」 「なんですかってかこれ痛い」くぐもった私の声。 「部屋の片付け手伝ってくれない?」 「はあ?なんで私が」 「いいじゃん減るもんじゃないし」 ね、って可愛い笑みを投げてくるので負けずに笑みを作って投げ返してやったら爆笑された。どーせ可愛くないですよーだっ。 「これいつになったらやめてくれんの」 「えーどうしよっかなあ」と、満面の笑みで云ってくる。あれ、答えになってないのですが。 っていうかあんたこそなんでこんなに楽しそうなわけ。 遠くで蝉の鳴き声が聞こえてくる。微かに、楽しそうな鳴き声だなと思えた。 企画/ソーダ水 20090731 |