極彩色の夢を見る



「宇宙的出会いだ。キミは美しい」

「……おい、見ろよ。またアイツ、石像に向かってなんか言ってるぜ。きもちわるーい」

「あぁ…この造形美。こんな出会いを待っていた」

「ねぇねぇみつるくーん。それって石ころだよ?楽しい?……変なの」

別にいいんだ。誰にどう思われたって。…だれも、ボクを理解してくれなくたって、それでいい。自分のことを不思議キャラだと思ったことはないし、元々こういう人間なんだ。美しいものが好きで、芸術というものに憧れる。それのどこが悪いと言えるかわからない。

人を遠慮容赦もなく気持ち悪いと言ってのける人間の方が、よっぽど怖いものだよ。父さんはすごくボクのことを心配していたけど、父子家庭であることに負い目を感じているのか、それとも唯一残された息子との関係悪化を恐れているのか。よっぽどのこと――例えばボクが顔に青あざを作ってきたとか――がない限り、学校生活などに口は出さなかった。

年重ねるごとに、ボクから距離を置く人間は増えた。そして、ボクを罵る言葉にもボキャブラリーが増えた。よかったね、その頭に少しは物事を詰め込めて。

馬鹿にしてるわけじゃない。人にはそれぞれ才能があって、たまたまボクは芸術の才能があっただけ。それをいかさないと、勿体無いと思わないんだろうか。ボクには皆の方がわからない。中学生の頃は散々悩んだけど、結局、悩んでも無駄だなってわかって。本当は美術の学校に行きたかったけど、父さんがここだけは口を出してきた。

『将来のことを考えるなら、高等教育だけはしっかりしなさい』

正直、驚いた。ボクのこと、少しは父さんなりに考えてくれているんだって。だからボクは、父さんの言うとおりそこらへんの適当な学校を受験した。そして、難なく受かって、これでずっと美術に集中できるって思うようになって。美術部に入るなり、ひたすら画材を持ち出して放課後時間の限り絵を描いた。幸せだ。幸せな、毎日だ。

しかし、ダメだね。底辺じゃないけど、そこらへんの適当な学校じゃ。馬鹿ばっかだ。ボクの芸術を理解せず、あまつさえそれを馬鹿にするようなやつら。ボク自身を馬鹿にするのはいい。痛くも痒くもないんだ。なれているから。それなのに、やつらはよりによってボクの作品に傷をつけた!

これは、許せぬ所業だ。思わず持っていたナイフでその顔をえぐってやろうかと思うくらいには、ムカついていた。実際その通りにしてやろうと思ってナイフに手を伸ばしたところで、くん、と腕を掴まれる。

顔を上げたら、メガネが立っていた。

…これはメガネ自体が人間のように立っていた、ということではなくて、おそらく、メガネ以外に特徴と言った特徴がない、第一印象"メガネ"の男が立っていた、ということだ。おっと、ボクとしたことがついつい。蛇足だったね。

そのメガネはボクの絵を見て一言。

「すごいね。まるで世界の果てみたいだ」

面白い発言だったと思う。ぶっ飛んだそれは、ボクの興味を引くには十分な言葉だった。

「だから、許せないな。ねえそこの君。何してんの。謝ったら?」

「は?なんで俺が謝んの?つか突然出てきてそりゃないんじゃねー、マジキモイ」

「語彙がマジとかキモイとかウケルしかない人間はこれだから。それ以外のこと喋れないの?一般常識って知ってる?習ったことある?ごめんなさいって言える?」

「っ、この!」

すぐ拳を作った馬鹿は、メガネに向かって振りかぶる。よけないからてっきり対抗策があるのかなって思ったのに、メガネは軽々と吹っ飛ばされた。きゃあ、と教室から耳障りな声が上がり、すぐにそれは教師を呼ぶ声に上がる。ガラス越しに教師の姿が見えた頃、ようやくメガネは立ち上がった。口元を切ったのだろうか。ぐいと拭って嫌味ったらしく笑う。

「俺は、手ぇ出してないよな。殴ったの、そっちだけ。ねえ皆。覚えといてよ?」

「な、な、な…!!」

「おい何があった!!」

ボクは唖然としながら連れてかれる二人を見ていた。そして手元に視線を落とす。汚い鉛筆の線が入った絵。これはもう芸術ではない。スケブから紙を引きちぎると、ぐしゃぐしゃにまとめて捨てた。

それからかな。あのメガネがボクに声を掛けるようになったのは。最初は鬱陶しかったけど、彼はボクの芸術を馬鹿にしない。行動を変とも言わない。貶さない。

ああこういう人が欲しかったんだ。孤独に飽きたボクが彼に懐くのはそうそう時間がかからなかった。いつの間にか、声をかける、かけられるの立場は逆転していた。彼は邪魔しないから好き。馬鹿にしないから好き。いっつもべったりしたいわけじゃないってスタイルも、好き。

ひと月たって、ようやく名前を覚えた。たしか、木城智久、みたいな名前。きーくん、とか、もっくん、とか、ともちん、とか、いろいろ名前を付け替えては、遊んでる。

あれー名前、なんだったっけ。


まぁいいや。ふふふ。



「……ろ、おい、起きろってば!」

「…あれー、ともやん」

「木城智久だっつの。何居眠りしてんだ、もうすぐ校門閉まるぞ」

「もうそんな時間?………あーねえ、ひっさー」

「だから…。……なんだよ」

「懐かしい夢を見たなぁ。一緒帰ろう。片付けするから」

「そのつもり。ほら、三分な」

ムリ。ボクは笑うと画材を担いで美術室に戻った。


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