いわゆるべた惚れってやつ

 いくら運動神経が良くてもいくら喧嘩が強くてもいくら怪我の治りが早くても、どうやら私の体は風邪には弱かったらしい。なんていつに無く弱気に考えてみるけれど、なんか似合わないなこういうの。と思いながら私は綺麗な星が光る夜空を半泣きで、窓越しから見ていた。
 まさかこんなに熱が上がるとは…と、自分の額に触れながら思う。実を言うと腕を少し動かすのも億劫に感じてしまうほどだるくて、節々は何かに引っ張られているかのように痛く、まるで体の上に岩でも乗っかっているんじゃないかと思うほどだ。だと言うのにどんな体制になっても体の辛さは和らがず、今も本当は寝っ転がらずに体を起こしたり座ったり、いろんな体制を試して楽な姿勢を見付けたい。どうせどの体制も辛いことに変わりは無いんだろうけど。
 しかもこんな時に限ってタルカスはどこかに行ってしまったし、ブラフォードはそのタルカスを探しにどこかへ行ってしまった。なんだお前ら仲良しか。いつもは気持ち悪いくらいに私の傍にいるくせに、いざと言うときにいないんだからまったく!


(良いよ別に、自分で出来るから!)


 とは言うものの、体のだるさだけで無く激しい頭痛もあって思うように体は動かない。せめて水分だけでもとらないと……と思い、無理矢理に体を動かしてベッドから立ち上がろうとする。しかし予想通りと言うかそれは叶わず、尻餅をつくような形でベッドに戻されてしまった。私は脱水症状で死ぬんだろうか……嫌だなそんな死に方は。エリナにだってまた会いたいのに、ディオだって倒せてないのに。(出来ればツェペリさんに倒してもらいたいが)
 そんな後悔が押し寄せる中、私はそのまま倒れ込んで窓の外の星空を眺めようとした。が、私の目に飛び込んできたのは目を奪うような美しい星空なんかじゃなく、目を背けたくなるようなただの変態だった。


「ぎゃぁぁぁぁあああああ!!」


 あの変態吸血鬼が窓にへばり付いていたら、誰だって発狂すると思う。私は風邪をひいていることも忘れて、ベッドから全速力で移動して近くのテーブルに身を隠した。もちろんバレていないわけは無いが、せめてもの抵抗である。
 そんな私を見て満足気に微笑みながら変態は、窓を開けて私の部屋へと侵入して来た。久しぶりに見たが(いろんな意味で)忘れることの無い、金色の美しい髪にルビーの宝石のように真っ赤な目。私の目の前にいるのは間違いなく、あのディオだった。


「やぁ、ジョジョ。会いたかった」


 まるで眩しいものでも見るかのように私を見詰めながら、ディオは微笑む。私は会いたくなかったけどな!という感情を込めて睨むも、返ってくるのは余裕綽々とした表情だけ。相も変わらずムカつく男だ。って言うか今はお前の相手をしている余裕は無いんだよ!こんな体調で殺り合ったら不本意だが負けるに決まっている。それほどに私の体調は悪いのだ。


「…悪いけど今日は帰ってくれないか、ディオ。見て分かるように私は体調が悪くてね、とても戦える調子では無いんだよ。それともこんな私相手に戦いを挑む趣味がお前にあるのかな」

「フン。そんな姿で強気な態度をとったところで、お前は俺を煽るだけだぞ、ジョジョ」


 同時に舐め回すような視線を送るディオに、私は頭痛が増したような気がした。頼むからこれ以上今の私に関わらないでくれ。お前という存在のせいで私の体調は悪化するんだよ!
 しかし私が発した言葉の内容を理解出来ないような奴が心中の思いを理解出来るはずも無く、ディオは私の体を持ち上げていた。瞬間に襲う寒気と不快感は風邪のせいでは無く、絶対にこいつのせいだ。そこで我に返った私は、重たい体を出来る限りバタつかせて脱出を試みるがさすが吸血鬼。微動だにしない。やばい、殺られる…!


「ちょ、おろせおろせおろせ!私はまだ死ねないし死なないんだ!お前なんかに殺されてたまっ…」

「大きな声を出すんじゃあない、ジョジョ。病人は大人しくベッドに寝転んでいろ」


 そう言ってにっこりと微笑まれて見惚れない女性はいないだろう。だが私にとってそれは不快感以外の何ものでも無く、さらにベッドに寝ころばされた私のおでこに柔らかい唇が触れたことによって、それは倍増した。
 あぁ、はっきり言おう。…気持ち悪い!なんだお前は、もはや私の知ってるディオじゃねーよ!お前あれじゃねーか、侮辱されたからって女をボコボコに殴るような奴だったじゃん!(まぁ私は男装していたけれども!)そんな奴に今更こんな優しくされても、まるでゴキブリの集団にごめんなさいと謝られているようなものだ。つまり気持ち悪い。生理的に受け付けない。
 しかしそのような言葉を発することが出来るほど私の体は回復しておらず、嫌悪感で顔を歪めるのが精一杯だった。それさえも嬉しそうに眺めているディオが腹立たしい!


「……何の用よ」

「お前が体調を崩したと訊いて、面倒を見てやろうかと思ったのだ。何かしてほしいことはあるか?」

「今すぐ屋敷から出ていけ」

「フフフ。本当は一人で寂しかったんだろう?安心しろ、この俺が看病をしてやるぞ、ジョジョ」

「きーもーいー!誰か助けてー!!」

「そういえば喉が渇いたんじゃあないか?」


 そう言ってディオは懐から何故かコップに入った水を出した。え、何それきもい。しかし喉が渇いていたことは事実である。私は岩が乗っているように重い腕をゆっくりと動かして、コップに手を近付ける。しかしその手がコップに触れることは無く、虚しく私の手は空を切った。コップの行く末はコップを持っていたディオ本人の口であり、呆ける私は口に水を含んだのいやらしく笑った顔を見ることしか出来なかった。
 …おいおいおい、まさか…と思うと同時に素早く近付くディオの顔。私は反射的に奴の顔のおでこを右手で、顎を左手で抑えることによってそれを阻止した。距離は限りなく近くて、言葉通り目と鼻の先にあるのだが。


「…おい、お前何しようとしている?」


 しかし口に水を含んだディオが喋れるはずも無く、笑みを深くするだけ。私はここまできてこの先何をされるかが分からないほど、馬鹿でも鈍感でも無い。むしろ今までのディオの行動を振り返って、分からない方がまれなんじゃあないか。なんて頭の中で考えているのが悪かった。強い力で両手を抑えつけられ剥き出しになった私の唇が、急に熱を奪われて冷えていく。どこかでズキュウウゥンと効果音が聞こえた。ナメてんのか。


「……んっ!」


 閉じていた唇を舌で器用に開けられ、隙間から水が入り込んでくる。何とも言えない不快感に気持ち悪過ぎて泣けてきた。うっわなんか生暖かいし!気持ち悪い!って言うかこんな体制で水飲まされたらさぁ…。


「げほっ!がはっ、げっほ…!」


 むせる、むせるから!器官に入った水が込み上げてきてたまらず咳が出るが、ディオは唇を離さずにそれどころか思いっ切り舌を挿入してきた。行きどころを失った水は再び私の喉を通っていき、あぁ無事に流れたかと安心したのも束の間。さっきの余韻が残っていたのか、喉がむずむずとしてまたむせた。し、死ぬ…!こいつやっぱり私を殺すために来たんだろ!もう駄目だわやっぱり私はこいつが大嫌いだ!


「口周りがびちゃびちゃじゃあないか。いやらしいなぁ、ジョジョ」


 お前のせいだけどな!おかげで枕にまで水が滴りとても寝れる状態じゃない。いやそもそもこいつがいる時点で寝てやるつもりは無いが。あぁもう腹立つ顔をしてるなぁ、ニヤッじゃねーよちらりとキバ見せんな!


「この、変態が!」

「無駄無駄、無駄だよ」


 渾身の力を振り絞って放たれた拳は簡単に受け止められてしまい、強い力で引っ張られた。


「今のお前に俺を殺すことは出来ない。早く体調を治して出直すんだな」

「昔は私にやられっぱなしだったくせに、良く言うわ」

「俺は人間を止めたんだよ、ジョジョ。その俺に勝つことなど出来ん」


 軽いリップ音を立てながら私の手の甲へ唇を落とす。私は今日ディオに何カ所キスされたんだろう。考えるだけで虫に体を這いずり回られたような感覚がするから、絶対に考えないけど。
 もはやどうにでもなれ状態の私を満足気に見詰めて「次に会う時を楽しみにしているぞ」とドヤ顔で言いながら、ディオは窓の外へと飛び立って行った。そのすぐ後に屋敷が壊れんばかりの足音が聞こえてきて、あぁタルカスとブラフォードが帰ってきたんだなと、ぼうっと思った。


「ジョナサン様!ご無事ですか!?」

「今し方、ディオがジョナサン様のお部屋の窓から出て行ったのが目に入ったのですが!」

「うん。ねぇタルカス、ブラフォード」

「はい!」

「いかがなされましたか!」

「お前ら二人ともクビじゃぁぁぁあああ!!」


 泣きわめこうが髪の毛を絡ませようが、知ったことでは無い。しかし「私を守るんだろうが、じゃあディオからも守れよ!」と言うと自害しようとしたタルカスとブラフォードを結局許す私なのであった。


<感謝の言葉>
空汰さんに五拾萬で私がリクして書いてもらった小説です。
自分以外が書くアンパン話を読みたかったのです。
もう踊り狂ったのは言うまでもない・・・。
呼んでで気持ち悪って思いました(いい意味で)
とっても嬉しかった。ありがとうございます。





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