トオイコエ | ナノ
【トオイコエ】
あぁ、そうだった。
貴方はいつも、そうやって。
笑顔ですべてを隠してしまう。
それを見て、私がどう思うのかは、お構いなしなのだ。
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そのドアを開けるのには、いつも勇気が必要になる。
それから、ほんの少しの力と。
(誇張じゃなくて、本気で重たいし)
「やぁ、いらっしゃい」
薄暗い店内には、お客はいなかった。
今日は特別な日だから。
だからまだ、この時間には人がいないのだろう。
いつも座るカウンターの隅に腰掛けると、すぐにショート・グラスが目の前に置かれた。
「相変わらずね」
「何のこと、かな」
薄く笑みを浮かべた唇からは、それ以上の言葉は出ない。
そっと溜息を零すと、グラスを傾けた。
(相変わらず、何でも知っていて、何も手に入れようとしないのね)
声にならない言葉を、アルコールと一緒に飲み込む。
少しずつ、少しずつ。
「今日はペースが遅いね」
「そうそういつものペースじゃ飲めないわ」
(今日だけは、何も聞かないで欲しい)
(今日だけは、此処に居させて欲しい)
彼の意識が自分から逸れた隙に、またひとつ溜息を零す。
この場所を見つけたのは、半年前だった。
丁度新しい職場に移ったところで、夜に一人でゆっくりできるところを探していたところだった。
シンプルな黒いドアに、白い看板。
気軽に入るには躊躇われるほど重たい扉を開けると、カウンターの中に一人のバーテンダーがいて。
(いらっしゃい、っていうあの笑顔に騙されたのよねぇ…)
それから半年以上通い続けて、やっと名前を覚えてもらって。
顔を見るだけで、どんなカクテルが飲みたいのかわかってもらえて。
でも、向けられる笑顔は変わらない。
いつまでも、縮まらない距離。
(そりゃあ…わかっているけど)
ここに来るお客の中には、彼と親しくなりたいという人も、少なくない。
自分が、彼の特別になりたいと願い、離れていく様を何度も見た。
わかっていても、彼に逢いにきてしまうのは。
偶然垣間見せた、彼の内心を知ってしまったから。
『此処にいることで、この内側でだけは、変わらずに在りたいんですよ』
その言葉に、なんとなく傷ついたことを覚えている。
幾ら言葉を、笑顔を、好意を寄せても。
彼には届かないのだと、気付いてしまったから。
「…ご馳走様。帰る」
「もう?」
彼が不思議がるのは無理もない。
お店に入って、まだ一杯しか飲んでいないし。
一時 間程しか経っていないし。
でも、それでも。
「今日はこれから混むでしょう? お邪魔になっちゃ悪いから、帰る」
にっこりと微笑んで。
心を隠して。
彼を、追い詰めないように。
(本心なんて、言えないもの)
「…そのカクテル、知ってた?」
コートに手をかけた瞬間に掛けられた言葉に、思考が止まる。
「それ、僕のとっておきのレシピ」
「…どういう意味」
「君にしか出してないってこと」
(私にしか、出してないレシピ)
コートから手が離れる。
降りた筈のスツールにもう一度腰掛けて。
「よく、わかんない」
「わかってるくせに」
耳元で囁かれた言葉に、頬が熱くなる。
少しだけ、夢を見てもいいのだろうか。
願ってもいいのだろうか。
叶う筈もないと、諦めていた、想いを。
「わかんないから…ゆっくり教えて」
変わらないと決めた貴方が、変わろうと思った理由を。
私にだけ、と微笑む表情の優しさを。
囁く声の、心地よさを。
(そうしたら、私も伝えるわ)
貴方に逢いに来る理由を。
秘めてきた想いを。
心の奥に潜む、願いを。
【Fin.】
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後書代わりの戯れ言
これは、【LuvAL】シリーズです
前作に出てきましたお店が舞台なのですね
これが何処をモデルにしているかというのは…愚問です(笑)
久々に糖度高めのこそばゆい話を書きました
おかしいな…切ない話のつもりだったんですけど…
この話は、羊先輩の誕生日プレゼントとして進呈致します
羊先輩、お誕生日おめでとうございます!!
これでまた同じ年になれるのが半年後…←
(※差し上げたものより、少々加筆修正しております)
宜しければ感想等頂ければ幸いです!
web clap
2011/12/20 Wrote
2011/12/25 UP
恋