マナザシノユクエ | ナノ
【マナザシノユクエ】


いつも、明るく見せている面しか見てなかった。
もちろん、それだけではないことはわかっている。
けれど…本当にそれだけだった。
あの日、あの眼差しの強さを見るまでは。

―※―※―※―※―※―※―※―※―※―

「今日はほんっとに助かった!」
「いえ…べつにあれくらいは…」

置かれたカクテルグラスに手を伸ばしながら、何故こんなことになったのかを思い返す。
目の前で惜しみ無い笑顔をさらけ出すのは、私の上司で。
今まで数多く食事やら飲み会やらに誘われたことはある。
その殆どが、複数でのもので。
親しいと言っても、普通の上司と部下の関係で。
それ以外のなにものでもなかったのに。

(…なんで、こんなところに連れてきたんだろう)

選曲センスのよいジャズと。
雰囲気のよい店内。
居心地のよいバーカウンター。

(…お礼にも度が過ぎてる)

「…どうした?」
「い、いえ!」

急に覗き込まれて、声が裏返る。
不意に高鳴る鼓動に、混乱する。

(今日はずっとおかしい)

彼はしきりにお礼を言うけれど、実際そんなに大したことはしていない。
ただ、同僚が間違えた資料を少し直して、それを会議室へ持っていっただけ。
それだけなのに。

『今夜暇か? 昼間の礼がしたいんだ』

(そんなこと、言うから…)

その時点で、いつもの上司らしくないと、気づけばよかった。

「珍しいですね、貴方が女性と来るなんて」

後ろからかけられた声に振り返る。
この人物には見覚えがあった。
彼の後輩で、社内でもとても優秀な人物だと有名だった。
その後ろには、ひっそりと佇む、女性がいて。

(…このふたりの噂って…噂じゃなかったの?)

ふと、考えを巡らせていると、

「あぁ…この子でしたか」
「…おい」
「失礼。お邪魔はしませんよ。ではまた、明日」

思わず、眉を潜めてしまう。
顔を見て、認識されている。
ということは、彼は少なくとも数回はこの人物の前で、私のことを話題にしているということで。
当然私はそのことを知らないわけで。

(なんだろう…苛々する)

自分の感情が理解できないと言うことが、不安でたまらない。

(だって、課長があんな表情見せるから…!)

昼間のことを思い返す。
ドアの隙間から見えた、厳しい表情。
ペンを握る手。
前だけを見つめる瞳。

「…ぼんやりして、どうした?」
「べっ!べつに、なんでもありませんっ」

くすくすと笑う笑顔にも、心が痛む。
明るい声。
唇には笑み。
けれど、瞳だけは、真摯で。

(いつもみたいに、ふざけてくれればいいのに)

「どうしてここに、お前だけ誘ったか、わかるか」
「…課長?」

一言一言、確かめるように紡がれた言葉。

(くらくらする)

自分ひとりにだけ、囁かれたような錯覚を覚える。
こんな台詞、いつだって、誰にだって、紡いでいるに決まっているのに。

「…まぁ、考えろ。時間はたっぷりあるしな」

与えられた言葉の謎は、明かされないまま。
心の嵐は、止まないまま。

(…卑怯だ)

答えは、きっと、遠からず出るだろうけれど。
それを素直に認めるのは、いつになるんだろう。


【Fin.】

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後書代わりの戯れ言

やっと…やっと書けました!
苦節数ヶ月…じゃなくて(苦笑)
この作品のモデルにしている方に余りお逢いしていなかったことが原因で、話が迷走したんですよね…
で、悩んでいたところに、とある事件が起こりまして(苦笑)
そこからまったく違う話になってしまったのです

いやぁ…苦労したwww
いろんな方に助っ人してもらいましたよ(笑)

次はいよいよ、あの人です!

宜しければ感想等頂ければ幸いです!

web clap

2011/12/17 Wrote
2011/12/18 UP



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