キミノコト | ナノ
【キミノコト】


実を言うと、前から気になっていなかったわけじゃない。
でも、素直に認める気には到底なれなくて。
だから、ごめんね。
君の事、好きだと思うの。
でも、大きな壁は、乗り越えられないわ。

―※―※―※―※―※―※―※―※―※―

「…またなの」
「あぁ、すみませんっ。すぐに直します!」

溜息混じりに書類を差し出すと、相手は慌ててそれを手に取った。
これが何回目かなんて、考えたくはない。
一生懸命なのは伝わるのだけれど、彼の軽いミスは、両手では数え切れないのだ。

(顔もいい、誠実さもある、あとは、能力なんだけどねぇ…)

今年の新卒の中では、たぶん一番いい人材で。
どの部署も彼をほしがって、争奪戦が繰り広げられていたことを、彼はきっと知らないだろう。
色々な条件から、ここに来たときには、私以上に私の周りが大喜びだった。
ところが、意外とちょっとしたミスが多くて、これは先に徹底的に教育をした方がいいということで、白羽の矢が立ったのが、。

『…私、ですよね』
『すまんな。どうしても他にやるわけには…』
『了解致しました。一ヶ月時間をください』

社歴も長くて、この部署に配属されてからも長い私は、自然と新人の教育を任されることが多くて。
大体一ヶ月もあれば、どんな子も一通り育てられる、というところを見込まれている、らしい。
それ故に、若干恐れられていたりもするのだけれど。
でも彼は、それにめげずについてきている。
これは本当に、掘り出し物、だったようだ。

「…よし、オッケ」
「あぁ…よかった。ありがとうございます!!」

この笑顔に皆ほだされるんだろうな。
私自身、今ちょっと、癒されたり…。

(…年の差を考えなさい、私)

「じゃあ、もう帰っていいわよ」
「…え…でも…」
「あとは私がやるから。良くがんばったわね。お疲れ」

定時をとっくに過ぎた時間。
私たち以外に社員はもういない。
そこで、再提出された書類を確認する。
ざっと見たところ、間違いは修正されているし、内容は丁寧だし。
飲み込みが早い社員は、色々な意味で成長も早くて。
そろそろ期限の一ヶ月が過ぎるけれど、これは安心できそうだ。

「そうそう、来月から正式配属だから」

帰り支度を始める彼の背中に向けて、告げる。
まだ粗はあるけれど、あとは現場でカバーできる範囲だし。
彼自身に向上心もあるから。

(自分だけについてきてくれる部下っていうのも、嬉しかったけどね)

それが、皆も羨むような。
自分も、気になっている相手なら余計に。

「もう、傍にいられないということですか」
「…どういう意味」

ふと顔を上げると、妙に真剣な顔をした、彼が。

(距離が、近いんだけど…)

「俺、好きなんです!」
「…あ、ありがとう…」

(この好意は…好意よね)

突然の言葉に、お礼しか言えなくて。

「そうじゃなくて、貴女と、恋愛したいという意味で!」
「は?」

(誰が、誰と、恋愛?)

正直に言えば、この年になって、そういった関係になった異性がいなかったわけじゃない。
でも皆仕事を理由に別れを告げていって。
いつしか私はひとりになっていて。

(彼に抱いていたのも、憧れで、いいと思っているのに)

「それは、勘違いよ。私も貴方の一生懸命なところが好きよ」
「どうして信じてくれないんですかっ。俺が、貴方よりも年下だからですかっ」

(だって、貴方まだ若いじゃない)

口をついて出そうになった言葉を飲み込む。
それは、どうにもならない問題で。
でも、私にとっては、重大なことで。

「…わかりました。見ていてください。きっと、振り向かせてみせますから」

くす、と微笑んだ彼の表情に、その日はそんなに遠くはないのではないかと。
ほんの少し、寒気がしたのは、内緒である。


【Fin.】

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後書代わりの戯言

ちょっとしたきっかけで、うっかり一気に書いてしまいました…。
雨さん、ありがとう。
貴女のおかげです。


宜しければ感想等頂ければ幸いです!

web clap

2011/10/23 Wrote
2011/11/08 UP



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