抱擁
タイピングの音が不自然に止んで。
あぁ、そろそろかな、と顔を上げると、溜息をついて、眼鏡を外して、目元をマッサージする姿が視界に入った。
「伏見さん、珈琲入れましょうか」
「…ん」
小さな囁きを聞き逃すことなく、立ち上がり、給湯室へ向かう。
(今日も、書類の量凄いもんなぁ…)
確か、隠していたチョコレートがあったはずだ、と思い出し、戸棚を漁っている、と。
とす、と軽い重みが背中にもたらされた。
そんなことをするのは、たったひとりだけで。
うれしくなって、頬が緩んでしまった。
「…声くらい掛けてくださいよ…寿命が縮んでしまいます」
「これくらいで縮むんですか、秋山サンの寿命は」
「そういうわけじゃ…」
極めて私的な時にだけ呼ばれる名前に、心臓が高鳴る。
すり、と摺り寄せられる温もりに、抱き締めたい衝動に駆られる。
(なんで後ろからなんだ)
「伏見さん…ちゃんと、抱き締めてあげたいです」
「ダメ」
「伏見さん…」
即座に拒絶されて、心がしくり、と痛む。
もっと甘えてほしいのに。
「まだ仕事残ってるから…今は、これで充分、デス」
ふわり、と温もりが消えて。
気配が消えても。
その場から動くことができなくて。
「…ずるい…」
お湯が沸騰して、煩いくらいなのに。
自分の心臓の音の方がよほど煩くて。
しばらく、その場でしゃがみこんでしまった。
【Fin.】
Twitterタグより。
澪音さんリクエストで、秋伏
2013/11/25 Wrote
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