無自覚に求める愛


いつも、何処を見ているのだろうと思った。
思って、彼の視線の先を見つめて、心が痛んだ。
彼は、手に入らないものを欲しがっている。
自分も、手に入らないものを、望んでしまった。

「疲れる…」

ぽつり、と呟く。
溜息が漏れる。
気付いてしまった以上、どこかで昇華しなければならない。
元より、叶うとも思っていない。

(アイツは、たったひとりしか、見ていない)

たったひとりを見つめて、思っている誰かを想っている彼を。
ただ、黙って見つめて、想っている自分。
情けなくて。
苦しくて。

「弁財さん? どうしました?」
「いや、なんでもない。それより五島…」

視線に気付いたのか、彼が振り向いて、笑みをこぼす。
それはいつもの、彼の本心を隠す仮面で。
その裏側を見ることができるのは、いったい誰なのかと思うと。
また、苦しくなる。

「――ということだ。これを頼む」
「わかりました。…弁財さん」

ひた、と視線を合わせられて。
その真っ直ぐな瞳に。
鼓動が高鳴る。

「言葉にしたいことが、あるんじゃないですか?」
「…何が言いたい」
「んふふ。なんでもありませんよ」

微笑まれて。
あぁ、もしかして、彼は全部気付いているのかもしれないと、思った。
自分のこの醜い想いを。
見破って。
見逃して。

「…っ、見るなっ」

叫んで。
身を翻して。
あぁ、もう駄目だと。
知られてしまった。
知られていた。

(どうして、)

多くは望んでいない。
彼の視線の先に居たいとは思っていない。
ただ、少しでいいから、。

(ほんとうのこころを、みたかっただけだ)

何を考えているかわからない、彼の心を。
本心を。
少しでもいいから。

(ただすこしだけ、願っただけだ)

誰も来ない、薄暗い廊下の隅で。
冷たい壁に背中を預けて、蹲った。
気付かないで欲しかった。
こんな、想い。
ひっそりと秘めて。
ずっと、同僚のまま。

(お前の傍にいたかったのに)

「弁財さん、足早いですね…さすがです」

声が、降ってきた。
かすかに息は上がっていて。
それだけで、彼が自分を追ってくれたのだとわかって。

「…すまない」

ただ、自分だけを追ってくれた。
そんなことが、嬉しいと思ってしまって。

「やだなぁ。何を謝るんですか。僕の方こそ、何か弁財さんの気に障ることを言ったんじゃないかって思ったんですけど?」
「そんなことは、ない」

顔を伏せたまま、言葉を紡ぐ。
この表情を見られたくない。
心の箍が外れて。
彼だけを、想っていると露呈させている表情を。

「弁財さんが何処を見てるのかと思って…それが僕だったら嬉しいって言ったら、」

ふわ、と温もりに包まれる。
抱き締められているのだと気付いた瞬間、力いっぱい、突き飛ばした。
こんなこと、あってはならない。
すぐに身体を離したのに。
その温もりを嬉しいと思ってしまったこと。
離れたことで、淋しいと思ってしまったことを。
知られなく、なかった。

「お前、は…」
「そうですよ。僕は、日高を見ていた。彼が、なくした人を想う姿を見て、どうしてそこまで真っ直ぐ誰かを想えるんだろうって思ってたんです」

でも、とそのまま彼は続けた。

「弁財さんが、誰かを見てること、に気付いて」
「え…」

顔を上げると、苦しそうに、哀しそうに、表情を崩す彼がいて。
真っ直ぐに見つめられて、そっと伸ばされた手の、指先が微かに震えていることに、気付いた。

「ねぇ、弁財さん…誰を、見ていたんです…?日高なら、無駄ですよ…彼はずっとひとりに縛られてるんです。弁財さんの想いは、届かないです。だから、ねぇ…僕を、見てください」

手首を掴まれて。
ぎゅ、と離すまいと、掴まれて。

「ご、とう…」
「なんですか」

この痛みが、本当に自分に与えられているのかと。
夢ではないかと、。

「お前、だ」

あぁ、そうだ。
ずっとこうして、見つめていた。
認めてしまいたかった。
不器用で、人との深い関わりを、積極的に避けている彼を。
彼が気付く前からずっと、ずっと、。

「お前が、すきだ」

長い間、想っていたのだと。
他の誰でもない、彼だけを見て、想って。

「え…僕…」
「そうだ」
「日高じゃなく…」
「お前だ、五島」

手を握り返して、そっと、顔を寄せた。
触れた温もりは、あたたかくて。
ずっと、これが、欲しかったのだと、思った。
その瞬間、身体を引き寄せられ、抱き締められた。
さっきの、何処か触れることを恐れるような抱擁ではなく。
つよく、身動きが取れないほど、つよく。

「もう、嘘だって言っても、遅いですからね」
「嘘じゃない。何度でも言う」

何度も、口づけを交わして。
その合間に、すきだと繰り返して。
その言葉に、苦しさが消えていくのを感じた。

「勘違いして、損しました」
「そうか」
「だって絶対日高より僕のほうがいいのにって」
「…そうか」
「んふふ、よかった」

そう言って笑った彼の笑顔は、ずっと見たかった、心からの表情だった。


【Fin.】

つるぎさんへ。
お題:贖罪アニュス‐デイ


2013/08/22 Wrote


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