one and only


手の中の彼の面影に、吐息を漏らす。
もう何回唇に触れたかわからない。
何回、声に出したかわからない。
なのに、いざ目の前にすると。

「意気地なし」

わかっている。
これは、彼のせいではなく。
自分のせいだ。
好きすぎて、身動きが取れない。
こんなことがあるなんて、思いもしなかった。

「どうしたんだ」
「あ、加茂…おかえり」

業務を終えたのだろう、彼と、寮の入り口で遭遇する。
もう辺りは薄暗いのに、ぼんやりと立ち尽くす様子がおかしかったのだろう。
とても、心配そうに、顔を覗き込まれた。

「な…っ」
「本当に大丈夫か」

ふるふると、頭を振って、タンマツの画面を消す。
ぼんやりしていたのが、目の前の彼を想っていたから、だなんて。

(言えない)

「なんでもねぇって。加茂は心配性だな」
「そうか」

言いながら、頭を撫でてくる。
この何気ない優しさが、嬉しくて、つらくて。
笑うしか、ない。
へら、と笑いかけると。
苦しそうに、溜息をつかれて。

「無理するな」

ぐい、と引き寄せられて。
そして、抱き締められた。

「え…か、も?」
「お前が無理をしていると、不甲斐ない自分に腹が立つ」

いつでも傍にいるから。
だから、無理をするな、と囁かれた。
手にしていたタンマツが、軽い音を立てて地面に落ちる。
両手を背中に回して。
きゅ、と服を掴む。

「加茂…」
「なんだ」
「す、き…」

ちいさなちいさな声で囁いたのに。
彼にはしっかり聴こえていたようで。
応えの代わりに、あつく、はげしい口づけが降ってきた。

「俺を試すなよ…道明寺」
「んぁ…は、」

酸欠でくらくらしているのに、彼は何ともない様子で。
そんなことを、言って。
また、つよく抱き締められた。


【Fin.】

チカさんへ。
お題は、群青三メートル手前様から頂きました。


2013/08/20 Wrote


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