自分だけのものだと勘違いをさせてくれませんか


溜息が漏れる。
肩が痛くて。
首も痛くて。
眼も、奥がじくじくする。
あぁ、これは疲れてるな、と思って、ふと顔を上げると。
じっと、こちらを見つめる視線とぶつかる。

「ふ…ふしみ、さん?」
「…なんでもねぇ」

ふい、と視線を逸らされて。
また、モニターへ向かう姿勢を見つめて。
もしかして、溜息が聞こえてしまったのかと、思った。
現在、深夜とも呼べる時間帯で。
もうすぐ日付も変わろうとしている。
ふたりきりで、こんな執務室でモニターを睨みつけているのは。

(日高のヤツが…)

思い返すと、また溜息が出る。
二日かかった資料のデータを、壊したのだ。
しかも原因は不明で。
そればっかりは伏見さんも、榎本もどうにもできないと、頭を抱えた。
そこで、そこそこデータ構築が得意な自分に白羽の矢が立ったのだけれど。

(伏見さんには追いつかないなぁ)

「ちょっと、一服して来ていいですか」
「…どうぞ」

落ち着かない理由は、もうひとつある。
こんな風にふたりきりになると、想いが溢れそうになるのだ。
言ってはいけない言葉を口にして。
彼を、困らせてしまいそうになる。

(大人、なんだから)

自分の方が年上で。
しかも部下で。
彼はまだ人生的にも幼くて。
ならば、この想いは、閉じ込めるしかない。
そう思うと、また溜息。

「…20回目」

ぼそ、と声が降ってきて。
振り返ると、そこには少し不機嫌そうな顔をした、彼がいて。

「ふ、伏見さん…どうして」
「俺も休憩しようかと」

慌てて火を付けた煙草を消して。
煙が彼の方へいかないようにする。

「…アンタ、最近溜息ついてばっかですね」
「そう、ですか」

思い返してみるけれど、あまり心当たりがない。
視線を感じて、顔を向けると、また、あの真っ直ぐな瞳。
何か、物言いたげな。

「どうかしましたか」
「別に、なんでもねぇよ」

その声音が、何処か淋しげに聴こえて。
思わず、腕を引いて、しまった。
ぐらり、と重心をくずした身体は、腕の中にすっぽりと納まって。
あぁ、この温もりがほしかったのだと、。
心が緩むのを、感じた。

「ちょ…何するんですかっ」
「すみません…でも、もう少し、こうして」

肩に頭を乗せて。
吐き出せない想いの代わりに。
ふかく、溜息をつく。

「溜息つくくらいなら、言って、くださいよ」
「伏見さん?」

密着しているから、彼の声が震えているのがわかる。
何を言われたかわからなくて、次の言葉を続けられない。

「アンタが、そんなだと…俺も、どうしていいかわからない…」

その声に、気付いてしまった。
彼が、震えている理由。
ほんのすこし、耳元を紅くしている理由。
溜息の回数も。
追いかけてきたのも。
腕の中で、離れないのも。

(もしかして、)

「言ってください…伏見さん」
「やだ」

ぎゅ、と強く抱きしめると。
彼の背中から力が抜けて。
身体全体を預けるように、脱力したのがわかった。
今、彼の存在全ては、自分の腕の中に、ある。

(どうしよう)
(しあわせすぎて、)
(死ぬかも)

「アンタが黙ってる以上、言わない」
「…言わせてみたいですね」

そっと、頤に手を這わせ。
顔を、寄せる。

「言って、伏見さん」
「ヤダ」

唇の上で、囁き合って。
吐息を交し合って。
それでもまだ、言葉が欲しくて。
触れることは、しない。

「――休憩時間は終わりっすよ、秋山さん」
「…ズルいなぁ」

促されるまま、腕の力を抜いて、身体を解放する。

「狡いのはどっちだか」

苦笑いを残して、彼はそのまま、背中を向けてしまった。
あぁ、確かに、狡いのかもしれない。
でも自分は、大人だから。
それは当たり前のことで。
想いを我慢しなくていいのならば。
存分に、彼の可愛い様を見ていたいと思うくらい許されるだろう。

「覚悟して、くださいね」

ちいさく、ちいさく囁いた言葉は、暗闇に溶けて消えた。


【Fin.】

るいちゃんへ。
お題は、群青三メートル手前様から頂きました。


2013/08/20 Wrote


<<




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -