差し出された手を掴みたくて


彼を、好きだった。
けれど、応えてもらえるなんて、あるわけがなくて。
それでも浅ましく願いだけは抱えて。
試したかった、のかもしれない。

『…好きな人がいるんだ』

都合よく、二人きりになれたので。
この機会を逃したら、きっともう何もできないと思って。
好きな人がいる、と言えば。
どういう反応を返すのか、試したのかもしれない。
彼の反応次第では、想いを伝えようと思っていた。
臆病すぎる、と苦笑が漏れそうになる。
こんなにも好きで。
こんなにも、不安で。

『…そう、ですか』

すると、彼は、軽く目を見開き。
迷うように、瞳を揺らがせて。
けれどそれから表情が大きく変わることはなく。
ただ、ちいさく、呟く言葉だけが、響いた。
その声の静かさに、心の何処かが、壊れた気がした。

『…告白は、されないんですか?』

お前以外にいない。
なのに、お前がそんな顔をするから。
そんな表情をするから。
もう、言えない。
言えるわけがない。

『……しないよ』

静かに、そう答えるのが精一杯で。
あぁ、どうして、こんなに傷付いても。
彼を想う気持ちは、消えないんだろう。
それどころか、溢れて、苦しくて、切ないばかりで。

『…何故か、お聞きしても?』

真っ直ぐな彼の瞳を。
もう、真っ直ぐ、見返すこともできない。

『……俺が好きだって言っても、困らせるだけだ』

お前を。
困らせたくない。
真っ直ぐに、憧れたまま、そこにいてほしいから。
だから。

『…弁財…?』

ふわ、と空気が揺らいだ気がして。
そっと手に触れた温もりに驚いて。
綴じていた瞼を、開いた。
一瞬だけ、彼が泣きそうな顔をしていたような気がしたけれど。
それは本当に一瞬だけで。
いつもの彼に戻ってしまったから、本当に彼が泣きそうな顔をしていたのか。
それとも、自分の願望が出たのか、わからなくて。

『…大丈夫ですよ』

柔らかく、優しく微笑まれて。
それが、いつもの彼と、まったく同じで。
それだけで、俺のことは、なんとも思ってないのだと、わかる。
これは、まるで、例えば学校の後輩を見るような、そんな。

『貴方の好きになった人でしょう?なら…大丈夫ですよ』

あぁ、もう駄目だと。
涙が零れそうになった。
けれど、我慢をして。
堪えて。

『…根拠、ある訳?』

俯きながら、震えそうになる声を、必死に隠して。

『いいえ。でも、きっと大丈夫ですよ』
『何それ…』

それでも、彼が、俺の幸せを願ってくれていることは伝わったから。
それはすごく、嬉しかったから。

『…ありがとう』

ぽつり、と呟いた。
うまく、笑えていただろうか。
彼にとって、この想いはきっと不要で、重荷で。
決して背負わせてはならないものだ。
いつかは、落ち着くかもしれない。
それまでは、想っていても、いいだろうか。

(すきだ)
(おまえが、すきだ)

たったひとりだけを、。
この人だけを。


【Fin.】

らすさんの弁伏の伏見さん視点。


2013/08/12 Wrote


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