泣けないピエロ


暑いなぁ、と呟くと。
後ろで、大丈夫か、と声が返ってきた。

「あ、日高さん、お帰りなさい」

振り返って、笑うと。
少し眉をしかめて、彼は低く呻いた。

「大丈夫ですよ。ちょっとした夏バテです」
「でも食えって言っただろう…」

今度はこっちが、困ったように笑うことになった。
毎年この時期になると、食欲が落ちる。
出来るだけ食べようという気持ちはあるのだけれど。
食べ物の匂いを嗅いだだけで、気分が悪くなるのだ。
それを心配して彼はいつも、声を掛けてくれる。
それが嬉しいと思っていることは、内緒だ。

「あぁ、もう。いいから来い」

腕を引っ張られて、ふわり、と身体が浮いてしまう。

「う、わ…、」
「おっと…」

転びそうになるところを、しっかりと受け止めてもらう。
半袖の腕に、触れた手の熱さが直接伝わって。

(くらくらする)

「あ、ありがとう、ございます」
「食べないからだぞ」

あぁ、心配をさせてしまっている。

(今日は、食べないと駄目なんだろうな)

「…蕎麦、なら」
「蕎麦な。じゃあ、ゴッティたちも誘うか」

チリ、と心が灼ける。
彼の、この無神経な発言は、時々自分をひどく傷つける。
自分は彼しかいないのに。
彼には、自分だけではないと。
強く、認識させる。

「あ、あの、まだちょっと…」
「具合悪い、か?じゃあ、静かなほうがいっか」

勝手に納得して。
繋いだ手はそのままで。
歩き出して。

「そういえば、ゼリー貰ったんですよ。後で食べましょう」
「お、いいな」

今はこのまま。
ふたりだけで。
他愛のない話をして。
想いは秘めて。

(傍にいられるだけで、いい)

繋いだ手の指先に、そっと、力を込めた。


【Fin.】

お題:贖罪アニュス‐デイ


2013/07/31 Wrote


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