言葉に出来ず、すみません


ふとした時に、気付いた。
それは、とても注意深く隠されていたので。
気付いてしまって、ふたりともどうしたらいいのかわからなくて。
そして、笑って、誤魔化してしまった。
――彼は、自分を、好きだ。

「加茂ぉ、あっつい」
「我慢しろ」

俺だって暑いんだ、と言いながらも彼は眉を少し顰めるだけで、表情を崩さない。
年上で、頼り甲斐があって、大人の男を体現する彼の姿は、ある意味において自分の理想だ。
だから、そんな彼と同室になって。
それからいろんな面を知って。
素直な賞賛を表す度に、戸惑いながらあしらう姿を見て。
それすら、大人の対応だと興奮して。

(いつからだっけ)

彼が、ほんのすこしだけ、何かを耐えるような笑みを浮かべるようになったのは。
瞳の奥に、抑えきれない何かを、滲ませるようになったのは。

『加茂…あの、さ…俺、日高が好きなんだ』

元隊長としてのプライドが邪魔をして、なかなか素直になれなかった自分を励ましてくれたのは彼だ。
自分が無事に、日高に想いを伝えられたのも。
彼と付き合えるになったのも、彼のおかげだ。
なのに。
その日から、少しずつ、なにかが変わった。

『加茂、どうして最近素っ気ないんだ』
『そんなことはない』

けれど、その時は、何よりも優先したかったのは、恋人のことだけで。
彼の様子がおかしいことも。
溜息の理由も。
なにも、知らなかった。
気付こうとしなかった。

「加茂…」

声のトーンが、変わる。
空気が変わる。

「言うな」

名前を呼んだだけで、察したのだろう。
鋭く、冷たく、彼は遮った。
言ってはいけない。
言葉にすれば、形に残ってしまう。
心に残ってしまう。
今ならばまだ、あやふやなまま。
はっきりしないまま。
有耶無耶にできる。
だから、彼は遮ったのだ。

「俺は、…」

ややあって、彼は口を開いた。
重々しく。
視線を逸らしたまま。

「なにも、こわしたくない」

この距離も。
関係も。
心も。

(…ごめん)

彼が、言葉にしなかったその奥を、理解してしまった。
何を言っても、変わらないのならば。
何も言わないほうがいい。

「……なに、食おうか」

こわしたくない、と告げる彼の声が微かに震えていて。
それだけが、想いの片鱗を伝えてくれた。
けれど、こわしたくない、と告げる彼の想いを大切にしたくて。
わざと、言葉を変えた。

「…食堂に行くか」

上手に隠して。
何もしないで。
何も望まないのだろう。

(俺は、加茂を選べない)

ごめん、と唇だけで伝える。
言葉は何処にも届かないまま、空気に溶けて消えた。


【Fin.】

お題:贖罪アニュス‐デイ


2013/07/31 Wrote


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