笑ってくれることの、意味
彼と同室になって、気付いたことがある。
業務量と溜息の量に比例して、食卓が豪華になる。
たぶん、溜まったストレスやイライラを、料理をすることで解消しているんだろう、と思う。
(…加茂、それに気付いてんのかな)
今日は、酷い出動指令だった。
暴れるストレインに、結果的に重傷を負わせてしまったのだ。
怪我を負わせたのは、俺と彼だった。
業務が終わって、執務室を出て、部屋に戻っても。
彼の眉間の皴は消えなかった。
そして、着替えると同時に、黙々と台所へ向かったのだ。
(なんでもありません、って顔してさ…)
調理台に向かう背中を見つめて。
彼の癖に気付いた頃のことを思いだす。
そして、じんわりとした想いを抱いたことも。
「そろそろできるから、テーブル片づけてくれ」
「はーい。加茂ぉ、今日は何?」
「エビチリ、麻婆豆腐、中華スープと春雨のサラダ、だ」
「美味そうっ」
(…これは、結構キてるかもしれない)
やがてテーブルに並べられた料理に、その絢爛さに、心が沈む。
どうして、だろう。
彼は、ひとりで何でも解決してしまう。
(俺も、いるのに)
仲間として、同僚として、わかちあう、ということができない。
彼の苦しみを理解したくても。
彼自身が、それを拒んでいては。
(なんもできねぇじゃん)
「うん、美味いっ。加茂って、ほんとに凄いな」
「そんなことは、ない」
美味しいと言うと、頬を少しだけ綻ばせて、目元を眇める。
その様子を見るのが、好きだ。
自分の一言で、少しでも彼の負担を減らせている、という事が目に見えてわかるから。
「なぁ、加茂」
「なんだ」
「あの、さ…」
言葉がうまく出てこない。
どうしたら、伝わるだろう。
どうすれば、いいんだろう。
「加茂って、何かあると、料理に出るよな」
発した言葉に、自分で驚く。
顔を上げると、彼もまた、目を丸くして、こちらを見ていた。
あぁ、ちがう。
そうじゃない。
それが、嫌とかじゃなくて。
「あ、ちがくて、そうじゃなくて、」
俯いてしまう。
美味しい料理が、これでは台無しだ。
(せっかく、加茂が、作ってくれたのに)
「こんな風にさ、手の込んだ、豪華な料理もうれしいんだけど、さ」
ぽつり、ぽつりと言葉を紡ぐ。
いつだって、彼を支えたい。
優しくしたい。
優しくされたい。
そんな、関係でいたいのだ。
「加茂が、なんか抱えてるなら、俺にも言ってほしいなって」
すきだから、とは言わない。
彼は優しいから、きっと全部受け止めてしまう。
それではだめだ。
自分が、彼の負担となっては。
「俺、あんま役に立たないけど、でも、」
「ありがとう」
優しい声に、顔を上げると。
本当に嬉しそうに微笑む姿があった。
「加茂…」
「お前は優しいな」
その言葉に、泣きそうになる。
想いが溢れて。
零れて。
「や、やっぱさ、好きなヤツからは、頼られたい、し」
(あぁ、言ってしまった)
へへ、と笑うと、彼は、驚きのあまり、固まってしまっているようだった。
まぁ、それは予想の範囲内、だったのだけれど。
「か、加茂…?」
声を掛けると、口元をおさえて、がたっ、と音を立てて、立ち上がって。
「え…加茂、どうかした…」
止める間もなく、背を向けられて、しまった。
(そんなに、嫌だったのかな)
「ごめん、加茂…あの、」
「謝るな」
やっと声が聴こえて。
その声に、思っていたような嫌悪や拒絶の色はなくて。
怒らせたわけではないとわかって、ほっとする。
「気にしないで、いいから。もしイヤだったら部屋変えてもいいし」
「イヤじゃ、ない」
「え…」
ゆっくりと振り向いた彼の顔は、耳まで真っ赤になっていた。
「俺が、料理を作ってるのは…」
「…うん」
「お前の喜ぶ顔を見たかったからだ」
ぽつぽつ、と彼が語るところを纏めると。
ストレスがたまると、それだけ疲れてしまって。
そんな時に、俺の喜ぶ顔を見たら疲れが吹き飛んだことがあるらしく。
一番手っ取り早く俺の笑顔を見るのは、美味しい料理を作ること、と結論になり。
「…だから、あの量…」
「すまん」
沢山美味しい料理を作れば、たくさん笑顔が見られる、ということだったらしい。
「なんだ…」
「道明寺?」
「…簡単じゃん。俺の笑う顔なんてさ、」
そっと近づいて、身体を寄せる。
びくり、と強張るのを無視して。
ぎゅ、と抱きしめる。
「俺の傍に加茂がいれば、それだけでいいんだよ」
あと、俺のことを好きだって言ってくれれば完璧、と囁くと。
細く息を吐いて。
それから、艶めいた声で。
好きだ、と囁いてくれた。
【Fin.】
お題は、群青三メートル手前様から頂きました。
2013/07/25 Wrote
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