月さえ隠れる夜には


どうしても、自分を変えられなかった。
たったひとこと。
もしくは、ちょっとした態度で、気付いて貰えたかもしれない。
彼は優しいから。
応えてくれることはなくても。
受け止めてくれたかもしれない。

(いまさら、だ)

もう誰も、特別に想わない。
想えない。
こんなに、つらくてくるしいのなら。

「弁財さん」

ひっそりと、影に隠れるように佇む姿に、息を呑んだ。
彼らしくもない。
静かな、苦しい声。

「どうしたんだ、日高。今日は定時上がりじゃなかったか」
「あ、あの…俺、」

明るくて、真っ直ぐで。
実直で、誰からも頼られて。
そんな風であったなら、彼も見てくれただろうか。
例えば、目の前の彼のようであったなら。

「俺、弁財さんが好きです」
「…あ、あぁ、ありがとう」

突然の好意の発露に、戸惑うけれど、嫌われているよりはよほど嬉しいと、素直に思う。
そう思ったから、ありがとう、と口にしたのに。
彼は、とても苦々しい顔をして。
溜息をついて。
一歩、闇から足を踏み出した。
半分、月の光に照らされて。
でも、半分はまだ闇の中にいて。
不意に、彼は本当は、そういう種類の人間なのだと、気付かされた。

「今はまだ、いいっす。でもいつかきっと、秋山さんより、俺のことを好きだって言わせてみせます」

真摯な、熱を帯びた瞳に、身体が震える。
その声に宿る想いに、先ほどの好意の言葉の真意を知る。

「ば、馬鹿なことを言うな」

言葉尻が弱々しくなっているのがわかる。
一歩ずつ近づいてくる音に、どうしたらいいかわからなくて。

「そんな顔しないでください。何にもしないですから」

柔らかく微笑まれて、これもまた、彼の持つ一面だと知らされて。
たった数分で、これまで知っていた彼の新しい一面に次々と気付いて。
その中に、自分への恋慕の想いもあって。

(…いまは、まだ)

忘れることのできない、手離せない想いがある。
けれどきっと、いつかは。

「お前、ばかだな」

微笑んで、告げて。
擦れ違って。
彼が身を浸していた闇に足を踏み入れた。


【Fin.】


お題:贖罪アニュス‐デイ

2013/07/02 Wrote


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