窓辺に白いアルストロメリアを


※捏造生存√設定です

「絵を書きたい、だと?」
 週末を自室での書類整理に当てていたロシュフォールは、画材を抱えてやってきたダルタニアンを見て眉をひそめた。
「はい。どうしても課題の点数が足りなくて、美術の先生に相談したら、なんでもいいから一枚描いて提出すればその分の点数を足してくれると言われて……」
 ダルタニアンは頷き、ロシュフォールを見上げる。トレヴィルの代わりにやってきた美術教師は大変厳しく、個性的なダルタニアンの作品の評価はあまり芳しくなかった。今回は特にだ。
「お願いします。仕事の邪魔はしません」
「…………」
 懇願するダルタニアンに、ロシュフォールはモデルになることを渋々ながら了承した。
「ありがとうございます」
 ダルタニアンはほっとして笑みを零すと、いそいそと小さな椅子を持ってきて部屋の隅に陣取った。スケッチブックを取り出し、よく研いだ鉛筆を握るとさっと立ててバランスをとる。彼女はしばらくロシュフォールを睨み、おもむろにスケッチし始めた。
 名状し難い不安を感じつつ、ロシュフォールは再び書類に目を落とした。スケッチの合間に、ダルタニアンが顔をあげてはロシュフォールを注視する。
 どうにも居心地悪かった。だが、承諾した手前、文句も言えない。
 スケッチブックとロシュフォールを交互に見つつ、ひたすら手を動かしていたダルタニアンだが、しばらくしてふと手を止めた。
「どうした」
「……いえ、なんでもないです」
 描きかけのページをびりりと破り取り、くしゃくしゃと丸める。そして再び新しいページに鉛筆を走らせる。しかしそれもまた、数分後には手が止まる。難しい顔でスケッチブックを睨み、ページを破り取る。
 三度目に至ったところで、ロシュフォールは痺れを切らした。
「いい加減にしろ。人の部屋を勝手に散らかすな」
 気を使って姿勢をあまり変えないようにしていたおかげで、無駄に疲れた。固まった首を回し、ロシュフォールは椅子から立ち上がった。
「あっ、だめです! 動かないで下さい」
「ふん、私の勝手だ。それに貴様、私の邪魔はしないと言ったはずだろう」
「だって、上手く描けないんです」
「見せてみろ」
「やっ、だめ……!」
 破り取る直前のスケッチブックを取り上げる。騒ぐダルタニアンに背を向けて、ロシュフォールはスケッチを見た。
「…………………」
「か、返して……」
 下さい、と言おうとした瞬間。
「…………くっ」
 あろうことか、ロシュフォールは吹き出した。
「ふっ……ははっ……はははっ」
 細かく肩を震わせ、堪え切れなくなって声を上げて笑う。
「あははは……!」
「ロシュフォール先生……」
 衝撃のあまり目を真ん丸にして、初めて見るような彼の笑顔に見とれていたダルタニアンだが、はっと我に返ると真っ赤になった。
「ひ、酷いです先生…! そんなに笑わなくたって良いじゃないですか!」
 手を伸ばし、ダルタニアンはロシュフォールからあっさりスケッチブックを取り戻した。ロシュフォールはというと、机に手をついて寄り掛かり、しつこく笑い続けている。
「先生!」
 口許を押さえて顔を伏せても、その隙間からまだ笑いが漏れている。腹が立つやら恥ずかしいやらで、ダルタニアンは赤くなった頬を膨らませた。
「もうロシュフォール先生なんて描いてあげません……!」
 見られない内にと、散らかした失敗作を拾いあげる。
「待て。そちらも見せてみろ」
「絶対いやです!」
 丸まった紙切れを、ダルタニアンは強引にスカートのポケットに捩じ込んだ。ここならば取られまい。すっかり拗ねて、画材を片付けはじめたダルタニアンを、ロシュフォールは笑いの余韻を残した声で止めた。
「待て」
「先生なんて、もう知りません」
「では、課題が終わらなくても良いのか?」
「………………」
 痛い所を突かれて、ダルタニアンか悔しげにくちびるを噛んだ。その頭を、ロシュフォールがくしゃりと撫でる。
「少し待っていろ」
 言い置いて、ロシュフォールは部屋を出て行ってしまった。残されたダルタニアンは口を尖らせながら、奪い返したスケッチブックを眺めた。
「確かに、あんまり上手じゃないけど……」
 一生懸命描いたのに、あんまりだ。彼の切れ長の目とか、薄いくちびるなんかは上手く描けていると思うのに。ダルタニアンは放り出した鉛筆を拾うと、いじましくデッサンに新たな線を描き加えた。だが、いかんせん実物がないので、妙な具合になる。
「あ……ここ、こうかな……」
 あちこち角度を変えながら書き直してしばらくして、ドアが開いた。
「おかえりなさい」
 つい反射的に笑顔になってしまい、ダルタニアンは慌てて顔を引き締める。いけない、まだ自分は怒っているのだ。つんと顎を反らした彼女を、ロシュフォールは柔らかな声で呼んだ。
「ダルタニアン」
 戻って来たロシュフォールが持っていたのは、切り口も瑞々しい白のアルストロメリアだった。ラ・ヴォリエルに咲いているのを分けて貰ったのだろう。飾り気もなく一枝だけのそれを、ロシュフォールは彼女に差し出した。
「そんなものを提出されて、学園中の笑い者になるのは御免だからな。描くならこれにしろ」
「……ありがとうございます」
 彼のコメントに複雑な気持ちになったものの、花を受け取ったダルタニアンは微笑んだ。
「……何を笑っている?」
「嬉しいんです。先生から初めて花を貰ったから」
 喜びを隠しきれず、ダルタニアンは白い花びらにくちづけた。淡く優しい香りがする。さっきまでの腹立たしさや拗ねた気分は、悔しいことに、こんな花一輪で簡単に消えてしまった。
 仕方ない。ダルタニアンは彼が好きで好きでしょうがないのだから。
「そういうものか?」
「はい。好きな人から貰う花は特別です」
「……そうか」
 ころっと機嫌を直した彼女を、ロシュフォールは不思議そうに見下ろした。ダルタニアンは花瓶を探して部屋を物色したが、ないと諦めて彼が普段使っている切子のグラスを代用した。水差しの水を注ぎ入れて、机に置こうとするのをロシュフォールが止める。
「待て。そちらに置け」
 彼は窓辺を指差した。仕事も片付いていないのに、また凝視されるのはたまらない。
「はい」
 素直に返事をして、ダルタニアンは花を差したグラスを窓辺にそっと置いた。その代わり、部屋の隅に置いた椅子を机の横、ロシュフォールのすぐ隣に持って行く。
「……ふふっ」
 白い花びらが愛らしく揺れる。







 アルストロメリア――11月19日の誕生花。
 花言葉は、幸せな日々。







2011/11/19 up



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