トリックスターは着地しない 7


「一発殴っていいですか?」
 少女は繰り返した。
「もうぶったじゃない」
「じゃあもう一発」
 じんじん痛む頬に、今度こそ優しくてのひらが添えられる。
「いつからですか」
 細い声は震えていた。彼はそれが少し嬉しくて微笑む。
「いつから、見えてないんですか」
「まだ見えてるよ」
 明るい場所でなら、明暗の差くらいはわかる。だが、それもいつまでなのかわからない。
 ―――だから幕を引いたのだ。
 すべてを壊して。






 アラミスが悪魔の力を得る代償は、視力だった。最初は右目、そして引きずられるように左も。
 あの事件が解決して、刻印の呪いが消えても、彼の視力は戻らなかった。
 でなければ、人間と花を見間違うはずがない。もうあの時には、色の判別はついてもはっきりとした輪郭を認識することは、ほとんどできなくなっていた。
 醜いものなど見たくない。
 それなら、目なんて見えなくていい。
 そう思っていたのに、いざ視力を失うとわかった時に絶望した。
 世界から見放された気がした。
 なんて我が儘だったのだろう。
 無いものねだりばかりして、与えられたものを簡単に投げ捨てて。








「治す方法はないよ。医者も匙を投げたからね」
 アラミスは頬を温める小さなてのひらに自分のそれを重ねた。
「きみ、最初は僕のこと、本当に嫌いだったでしょう?」
 小さく笑う。
 普通は逆だ。最初は好きになって、後で幻滅したり、興味を失ったり、本当に好きな人ができたりして離れていく。
「でも、今は僕の為に泣いてくれてる」
「泣いてません」
「ふふっ。見えなくてわかるよ」
 包んだ少女の手を口許に引き寄せ、やわらかなてのひらにくちづける。絵の具と膠の匂いがした。木炭と乾いたパンの匂いも。
「女の子を泣かせて喜ぶなんて最低だと思ってたけど……」
「安心してください。今でも充分最低です」
「そうかもね。きみが泣いてくれて、こんなに嬉しいから」
 手を伝い、腕を伝い、肩を抱き寄せ、泣き濡れた頬に額を触れた。
「ねぇ、」
 アラミスは彼女の名前を呼んだ。
「夜が明けるまで、そばにいて」







2011/11/03 up



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