トリックスターは着地しない 5


『捕まえられたら教えてあげるよ?』
 彼女の宣言の元に、壮大な放課後の鬼ごっこが開始された。範囲は学校の敷地内、但し危ないから森には入らない。
 よくよく子供じみた真似が好きだ。可愛い我が儘で済ませるには、ちょっと度を越している。
 何を意地になってるんだろう。
 アラミスは辺りを見回しながら、自分が割と本気になって探していることに、妙なおかしみを感じた。こんな面倒な事、どうでもいいと普段なら投げてしまうのに、投げ出せない。
 彼女といると、他の事を考えている暇がないからだろうか。彼女の言動は突拍子がないので、退屈することがない。



 死んでるみたいに生きている今を、忘れさせてくれる。



 渡り廊下の柱の影から、長い赤毛の尻尾が覗く。アラミスは足音を忍ばせて近づき、いつものお返しとばかりにその背後から抱きしめた。
「ふふっ、こんなところにいたね。悪戯な妖精さん」
「きゃっ! ア、アラミス様!?」
「え……きみは、プランシェ?」
 人違いに気づき、アラミスはプランシェから手を離した。
「ごめんね、びっくりさせて」
「いいえ! 全然かまいません!!」
 真っ赤になって首を振るプランシェは、いつものツインテールではなかった。深みのある長い赤毛を、首の後ろでひとつに結んでいる。
「今日はいつものヘアスタイルじゃないんだね」
「は、はい。結んでいたリボンが急に片方切れてしまって……。へ、変ですか?」
「そんなことないよ。大人っぽくていいんじゃない? 僕は普段の髪型の方が元気があって可愛らしいと思うけどね」
 アラミスが言うと、プランシェは真っ赤になって瞳を潤ませた。人違いした事をうまくごまかし、アラミスはふと視線を感じて振り返った。
「――――――!」
 夏空の目の少女はアラミスと視線を一瞬だけ合わせると、うっすらと微笑み、身を翻した。
「ごめんね」
 プランシェに言い置いて、アラミスは彼女を追い掛けた。











 校舎に入った彼女を追い掛ける。彼女は小回りの効く小柄な体躯を利用して、障害物の多いコースを選んでいた。流石に通気孔を通ったりはしないが、階段の手摺りを滑り降りたり窓から抜け出したり、身軽だ。
 だが、根本的な運動能力でアラミスが劣るところはなかった。もうすぐ追いつく、そこまで来たところで、アラミスはふいに立ち止まった。
「あ………」
 壁に手をつく。乱れた呼吸を押さえるように、右手で口許を覆った。瞼を閉じたまま、姿勢を低くする。
 そろそろと目を開くが、整った眉根を寄せてまた閉じる。深くため息をつくと、人気のない方へと急いだ。三つ目の角を右に曲がる。この奥は確か美術室とその準備室だ。教鞭を執る者がいないから、ここなら安心だ。ドアを確かめると、片方の鍵の開いていた。中に滑り込み、アラミスはドアを閉める力もなく壁に背を預けた。
 絵の具や、膠のツンと独特な匂いがする。この匂いが嫌で、二年生の美術の授業はあまり好きじゃなかった。
 長い睫毛をかたく伏せたまま、アラミスは自分の両腕を抱いて俯いた。頭痛まで起きてきて、白い頬がますます青褪める。
「………………」
 こちらを窺いながらそろりと近づいた長い髪を、アラミスは気配だけで素早く掴んだ。ぎゃ、と尾を踏まれたの猫みたいな悲鳴が聞こえる。
「ふふ、捕まえた」
 薄く瞼を開き、アラミスは不敵に微笑んだ。悔しそうな顔をする彼女を想像するのはとても楽しかった。逃がさないよう、まっすぐで手触りのいいその髪を指に絡みつける。
「さあ、約束だよ。きみの名前を教えて?」
「知ったところでどうするの?」
「呼ぶんだよ。名前って、その為にあるものでしょう?」
 アラミスは引き寄せた彼女の髪に、恭しくくちづけた。途端に手を払われ、奪い返される。
「狡い手を使ったから無効です」
「それなら、きみの方が狡い」
 指に移った残り香が甘い。
「きみも僕が欲しいんだよね?」
「いりません」
 少女の返事は素早かった。
「抜け殻みたいな貴方なんていらない」
 きっぱりと二度、少女は繰り返した。







2011/11/02 up



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