トリックスターは着地しない 2


「転入生? この時期にか?」
 図書館にいたアトスを捕まえて尋ねると、彼は怪訝な顔をした。
「いや、そんな話は聞いていない。本当に転入生だったのか?」
「直接本人から聞いたわけじゃないけど……」
 高熱で倒れた少女を医務室に運んだのはアラミスだ。だが、その後少女は忽然と姿を消し、いまだ現れない。
「本当にうちの生徒なのか?」
「そうだと思うよ。多分、一年生じゃないかな。顔立ちが割と幼かったし」
 シュバリエ島はその性質上、3ヶ月に一度しか出入りが出来ない。だから引潮が終わったこの時期に島にいたなら、今もいるはずである。
「なら、どこかですれ違ったんだろう。何人もこの島からは出られない。空を飛んで逃げない限りは、な」
 少々の茶目っ気を出して、アトスは付け加えた。
「しかし、珍しいな。お前の方が探すなんて」
「探してるわけじゃないよ。ちょっと気になったから、調べて見ただけ。前例もあることだしね」
 言うと、アトスが苦虫を噛み潰す。先の事件で、架空の生徒だったアンヌに翻弄され、あわや罪無き後輩の命を奪うところだったのだ。
 悪魔の刻印は消えたが、彼等自身に刻まれた記憶は、いまだその爪痕を深く残している。そのアトスを、涼やかな声が呼んだ。
「アトスさん。すみません、少し良いですか?」
 ダルタニアンだった。次期生徒会長――つまり次代の銃士隊隊長に指名された彼女は、きりりとくちびるを引き結んでアラミスを迂回し、アトスの横にやってきた。
「新年度の行事で、わからないものがあるんですけど……」
 鳶色の瞳が、ちらりとアラミスを捉える。アラミスは素早く微笑みをつくると、アトスの肩を軽く叩いた。
「ありがとう、アトス」
 物言いたげな視線をするりと肩に躱して、アラミスは図書館を後にした。












『貴方が私にしたことを、私は許さないと思います』
 ダルタニアンの言葉を思い出す。
 彼女は、彼が彼女にしたことの意味を、理由を尋ねてくれはしなかった。ただ、拒絶した。諸刃の剣で流れた血はいまだ乾かず、時折傷を疼かせる。
 ある意味では、彼の目論みは成功したのかも知れない。アラミスはダルタニアンの中に、許されざる罪人としての立場を確固たるものにした。特別で、永遠の立場だ。
「……それでも、忘れられるよりはずっといいよ」
 アラミスと話し込むダルタニアンを遠目に見遣り、アラミスは自嘲気味に微笑んだ。
 その時だ。
「――――あ」
 目の前をあの鮮やかな髪が横切った。
 あの子だ。着ているものこそシュバリエ学園の制服だが、間違いない。
 アラミスは反射的に呼び止めていた。
「ねえ、きみ。ちょっといいかな?」
 だが彼女は振り向かなかった。代わりに、別の女生徒が幾人も振り向く。
「まぁっ、ごきげんようアラミス様」
「いかがなさったのですか?」
「アラミス様に呼び止められるなんて……きゃっ」
 あっという間に女生徒の一団に囲まれてしまい、遠ざかる背中に少し焦る。
「ごめん、通して貰えるかな?」
 群がってきた女生徒たちに、いつもの貴公子然とした笑顔を振り撒くと、彼女らは陶然として道を空けた。
「ありがとう」
 うっとりしつつも残念そうに見送る女生徒らを掻き分けて、アラミスは少女を追い掛けた。
「ねえ、待って! きみだよ、そこの薔薇色の髪のマドモアゼル」
 図書館から寮へ向かう人通りの少ない小道にさしかかったところで、少女の細い肩がようやくぴくりと反応した。だが、立ち止まりはしない。
「聞こえているんでしょう? 待ってってば」
 業を煮やして、アラミスは少女の腕を掴んだ。といっても、花の茎を掴むように触れただけだ。
 だが、虫でも止まったように、少女は無造作にそれを振り払った。
「触らないでくれますか?」
 振り向いた彼女が示したのは、冷たい拒絶だった。冴えた夏空の瞳が見上げたが、そこには普段彼が向けられる好意や秋波はかけらもなく、石のように無関心だ。
「誰ですか?」
 絶句したアラミスだったが、はたと思い直す。転入して間もないのであれば、彼を知らないこともあるかもしれない。それにこの前は、あってすぐに彼女は倒れてしまった。熱で朦朧としていたなら、覚えていなくとも無理はない。
「きみ、一昨日バッキンガム塔の前で倒れた子でしょう。具合はもういいの?」
 すると少女は柳眉を顰め、ああ、とアラミスの顔をまじまじと見上げる。
「あの時の……」
 もみじ葉のような可憐なてのひらを持ち上げ、ぺたりとアラミスの胸に押し当てた。そのまま無造作に揉む。
「わっ!」
 驚いて身を引くアラミスに、少女は不満そうに呟いた。
「女の人かと思った」
 少女は離れたてのひらをにぎにぎした後、意外な礼儀正しさを発揮してぺこりとお辞儀した。
「この前はありがとうございました」
 ようやく会話らしい会話になって、アラミスはほっとして微笑んだ。
「僕は三年のアラミス。よかったらきみの名前を教えてくれないかな」
「嫌です」
 少女は一言の元に拒否した。
「それじゃ」
 ちゃっと片手をあげると、少女は脱兎のごとく駆けて行った。








2011/10/31 up



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