トリックスターは着地しない 1


 冬休みの明けたシュバリエ学園は、ざわめきにはちきれんばかりだった。無理も無い、万聖節からノエルまで、この世ならぬ騒乱の中にあったのだ。よくあれ程の事があって、被害が北の塔ひとつで済んだものだ――事情を知らない人々はそう思っているのだろう。
 アラミスは曇った教室の窓ガラスを指で拭って、クリアになった隙間から向こうを透かし見た。
 どうも湿気ていると思ったら、雪ではなく氷雨だった。曇りを拭っても、細かな雨粒に視界は少々歪んでいる。
 雨に黒く塗り潰された森の手前に、瓦礫を片付けて土台だけになったバッキンガム塔が寂しい姿を晒していた。
 手向けのように花が一輪、階段跡に佇んでいる。
「――――あ」
 違う。
 アラミスはてのひらで窓ガラスを大きく擦り、額を近づけた。
 鮮やかに赤い――あれは花ではない、髪だ。見たこともないくらい鮮烈な、目を引く赤毛だった。かつて悪魔の居城であったその塔の前に、雪の中、少女は佇んでいる。
 幾漠かの興味を引かれ、アラミスは身を翻した。
「どこへ行くんだ、アラミス」
「ちょっと用事。先生が来たら、上手く言っておいて」
 彼の動きに気がついたアトスにそう言い置いて、アラミスはコートと傘を取ると、始業寸前の教室を抜け出した。





 傘を開くと、雨のメロディがはっきりと耳を打った。コートの裾を翻し、アラミスは足早に塔の跡地へ向かう。
 果して、少女はまだそこに佇んでいた。
 小柄な子だった。肩が細い。シュバリエ学園の制服ではなくて、セーラー襟のついた知らない制服を着ている。彫像のように微動だにしない背後にそっと近づき、アラミスはそっと傘を差しかけた。
「きみ、何をしているの? こんなところで」
 少女が振り向いた。髪の色とは対称的な、夏空のように冴えた瞳だった。見たことのない顔だ。転入生だろうか。
 白い頬に、雨粒の珠が丸く滑り落ちていった。水をやった葉が雫を落とす様に似ていて、妙な親近感を覚える。
「雨が好きなの? でも、そのままじゃ風邪をひくよ」
「雨は嫌いです」
 はじめて彼女が口を開いた。鈴の様な響きに反して、彼女は険のある目つきで彼を睨んだ。
「嫌いです」
 繰り返された単語は、彼にとっての禁句だった。小さな痛みが胸を突く。不快さに顔を歪めたときだった。
 がくりと少女が前につんのめった。反射的に、アラミスはその細い体を受け止める。
 彼女は、燃えるように熱かった。













2011/10/30 up



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