カボチャ頭をつかまえて 「トリックオアトリート!」 夜の浜辺に賑やかな生徒達の声が谺する。ハロウィンは生徒会主催の一大イベントだ。今年は狼男の仮装で、銃士隊として運営側でせっせと働いていたポルトスの元に、急にプランシェが怒鳴り込んで来た。 「ちょっと、ポルトス! いい加減にしなさいよ! ダルタニアンに言い付けるよ!?」 「おわっ! なんだよいきなり!?」 バーベキュー用の炭をバケツいっぱい運んでいたポルトスは、プランシェの勢いにのけ反った。 「とぼけないでよ! いくらカボチャ被って顔を隠したって、女の子のお尻を触って回るなんてあんたくらいしかいないじゃない!」 「はぁ!? 俺じゃねえよ!!」 去年の冤罪を持ち出され、ポルトスは顔を真っ赤にした。あれだってカボチャで前が見えなくてふらついていた為の不可抗力だ。 「大体、俺の仮装はカボチャじゃなくて狼男だっつーの! ほら!」 頭に付けた狼耳を指差し、ついでに腰につけたしっぽも持ち上げて見せる。プランシェは疑わしげな目でそれらをじっと見つめ、奮然と腰に手を当てた。 「そんなの、その上からカボチャを被れば一緒じゃない!」 「なんだとー!?」 「どうしたの? 二人とも」 睨み合う両者の間に割って入ったのは、ダルタニアンだった。去年のアトスの衣装を譲り受けて、女海賊の仮装である。ダルタニアンを見るやいなや、プランシェは腕をぎゅっと絡めて親友を不埒な狼から引き離す。 「聞いてよダルタニアン! ポルトスってばまた今年も女の子のお尻触って回ってるんだよ! 信じらんない!」 「だから、俺じゃねえって!」 ポルトスは必死に弁明した。他の人間はともかく、ダルタニアンにだけは誤解されたくない。 「俺じゃねえよ! バーベキュー食うのも我慢して、ずっと仕事してたんだぞ!」 「ずっと?」 「……いや、ちょっとはつまみ食いしたりしたけど……でも、ちゃんと仕事してたぞ!?」 「そんな証拠、どこにあるのよ!?」 「しょ、証拠……?」 ダルタニアンとプランシェに代わる代わる問い詰められ、ポルトスはたじろぐ。するとプランシェが鬼の首を取ったように勝ち誇った。 「ほらね! やっぱりポルトスが犯人なんじゃない!」 「違ぇよ!!」 ポルトスはダルタニアンに向き直ると、大きな体を屈めて切々と訴えた。 「おい、ダルタニアン。お前、俺とプランシェとどっちの言うことを信じるんだよ!?」 「…………」 「なんで黙るんだよ!?」 ポルトスのセクハラの一番の、そして唯一と思われた被害者は、過去の微罪の数々を思い起こして沈黙する。 女嫌いで通っているポルトスだが、実は嫌いなのではなく単に面倒臭いだけなのだと知っている。暇さえあればダルタニアンを撫で回したがることを考えると、本当は女好きなではなかろうか?。 「ポルトス……」 「なっ、なんだよ!?」 ダルタニアンが判決を下そうとしたその時である。 「あっ! いた! ポルトス!」 「もう許さないんだから!」 穏やかならぬ歓声を上げる女子の一団――魔女に人魚にニンフに赤ずきんまで――が、ポルトス目掛けて押し寄せてくる。 「やべ…! 来い、ダルタニアン!」 ポルトスはダルタニアンの腕をプランシェから無理矢理もぎ取ると、奪い去るようにしてその場から逃げ出した。 「ああっ!! こらー! ポルトス! ダルタニアンに変な真似したら承知しないんだからねー!」 ぴょんぴょん跳ねるプランシェを尻目に、二人の姿はあっという間に砂浜から遠ざかっていった。 「はぁ、はぁ、はぁ…………っ」 ぜいぜいと肩を上下させ、ポルトスは生唾をぐっと飲み込んだ。 「こ、ここまでくれば、追っかけてこれねぇだろ…………はぁー」 「……ポルトス、手」 「あっ…、と。悪ぃ」 ずっと握っていたダルタニアンの手を放し、ポルトスは壁に寄り掛かった。 例によって、ポルトスが隠れ家に選んだのは、海岸沿いの鍾乳洞だった。ポルトスのお気に入りの場所だ。ダルタニアンは胸を押さえて息を整えながら、感慨深く辺りを見回し、小さく笑った。 「なんだよ」 「うん。去年も来たよね、ここ」 「……あ、そうだな」 ミレディー先生の手先となったボナシューに追い掛けられて、ここに逃げ込んだポルトスをダルタニアンが見つけたのだ。 上から差し込む月光に、段皿に張った水が碧く煌めいている。 「ねぇ、ポルトス?」 ダルタニアンは拗ねた顔のままの恋人の眉間に手を伸ばした。ぎゅっと寄った皺を伸ばしてやる。 「セクハラの犯人、ポルトスじゃないんでしょう?」 「当たり前だろ! 俺は、その……お前にしか、そういうこと、したいと思わないんだからな……!」 「セクハラを?」 「違う!」 「やってることは同じだよね」 切り返すと、ポルトスは叱られた犬みたいになった。頭につけた狼耳までが、心持ちしょんぼりする。 「い、嫌なのかよ……」 「…………ふふっ」 堪え切れずに笑って、ダルタニアンはポルトスの頭をよしよしと撫でた。ワックスで固めた焦茶の髪はごわごわしていて、なんだか本物の狼を撫でてるような気分になる。 「やめろよ! ぐしゃぐしゃになんだろ!」 「いいじゃない」 「バッカ、良くねえよ! お前、後片付けする時にこの頭で笑われんの、俺なんだぞ!?」 「あ、ごめん」 「遅ぇよ!」 ポルトスはぶすっとしてしゃがみ込んだ。 「……あ」 「今度は何だよ!」 「バーベキューの炭、置いてきちゃったよね」 「んなもん誰かが運んでくれるだろ」 「でも……そろそろ戻らないと。みんなの様子も気になるし……」 「トリックオアトリート」 出し抜けに、ポルトスが今日の決まり文句をつきつけた。今日あまりに多く聞いたフレーズに、ダルタニアンは半ば条件反射でポケットを探る。 「あっお菓子……」 「今年も結局持ってないんだろ」 上着のポケットを叩いたりひっくり返したりしているダルタニアンの腰を、ポルトスが攫う。ぐっと近くなった獣の吐息が耳を擽った。 「悪戯するぞ」 「ダメだって……戻らないと」 「ダメだ」 前隊長に譲られた上着なんて、肩から背中に押しやって、ポルトスは開衿シャツの白い首元に顔を埋めた。これでは狼男じゃなくて吸血鬼だ。 「……ポルトス」 「困らせるから悪戯なんだろ」 「ポルト………」 チリッと痛みが肌を走り、明らかな痕が赤く残る。 「もう……! これじゃセクハラだよ」 「うるせえ。こんなん微罪だ微罪」 「……………ポルトス」 「だから他のは俺じゃねえっつーの!!」 疑う目つきのダルタニアンに、ポルトスは再度無罪を叫んだ。 結局、犯人は一年の男子生徒だった。曰く、『ハロウィンにカボチャの仮装をすると、美人な彼女ができるって聞いて……』と思いきって仮装したものの、顔が見えないのに乗じてついつい出来心を起こしてしまったのだそうだ。 「まったく、バカが被るとますますバカになるんじゃないの?」 プランシェが空のカボチャを叩くと、空っぽの頭に軽い音が小気味よく響く。 「ところでダルタニアン」 「何? プランシェ」 ハロウィンに使った費用の決算書をチェックしていたダルタニアンは、ちょいちょいと手招きされて顔を上げた。その衿元を、プランシェが手を伸ばして整える。 「あんたって、そういうとこホント無頓着だよね」 「あ……」 察したダルタニアンの頬がわずかに赤らむ。 「んもう。今度あのカボチャにセクハラされたら、ちゃんと訴えなさいよ!」 直した衿をポンと叩いたプランシェの顔は、少しだけ羨ましそうだった。 HAPPY HALLOWEEN! 2011/10/29 upback |