世界で二番目に綺麗な景色


 例えば瞳を閉じていても、ラ・ヴォリエルの中なら躓くことなく歩ける。自室から校舎までの道のりと、教室から生徒会室までの間もそうだ。
 視力を失いかけた時、僕は誰にも言えなかった。だから、聴覚で、嗅覚で、空気の動きを感じ取る癖をつけた。だから今、目隠ししたまま彼女に手を引かれていても、ここがどこだか僕にはわかる。
 靴の裏のタイルがざらつく。頬に当たる午後の日差しは窓ガラス越しのそれで、繋いだ手の甲に柔らかく注いでいる。前髪を揺らした風に顔を上げると、彼女が立ち止まった。
「階段です。気をつけて」
「ありがとう」
 爪先で確かめながら、ひとつひとつ上がって行く。ここの階段は17段と、踊り場を回って更に14段。気圧がわずかに変わる。
 何か分厚い壁越しに、押し殺した歓声が聞こえてきた。小さな鈴をばらまくような、いとけないざわめき。落ち着きのない足音。待ち構えている彼等の気配に、僕は我慢できずに笑みを零した。
「……もしかして、見えてます?」
「ううん。見えてないよ。わかるだけ」
「本当に?」
 訝しんだ彼女が顔を近づける。甘い髪のかおり。僕は少しだけ顔を傾けた。軽くすぼめたくちびるが、柔らかい頬に触れる。
「ふふっ、役得」
「やっぱり見えてるんじゃないですか」
「本当に見えてないってば」
 閉じた瞼の裏は闇だ。黒いキャンバスに光の残像が消えては瞬く。色鮮やかなそれらが、蝶番の軋みと共に一斉に真っ白に変わった。屋上の乾いた風が頬を撫で、目隠しをさらう。
 鳴り響いたクラッカーの音に、僕は一度ぎゅっと目を閉じ、そして開いた。
「おめでとうアラミス!」
 美意識のかけらもない幟と、不格好な二段重ねのバースデーケーキ。
 そして、仲間達の笑顔。
「お誕生日おめでとうございます、アラミスさん」
 解いた目隠しを手にして、微笑むきみ。

 多分世界で二番目に綺麗な景色に、僕は笑ってキスをした。







Bon anniversaire,Aramis!

2011/10!23 up




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