映画みたいな恋じゃなくて


 俺は雨男じゃない。遠足や体育祭はだいたい晴か、雨でも順延だったし、入試の時は雪だったが、南青瀬市では毎年の事だから俺のせいではないだろう。くじはきなこ棒を10回連続で当てるという、神業なんだか不幸なんだかよくわからない記録を打ち立てている。悪い事もあるが、良い事もある。差し引きのトータルはともかくとして、全体的には悪くないんじゃないか、と最近は思っている。
 なのに、なんだろうこの雨は。
 俺は口をぽかんと開けて、天から無造作にぶちまけられる雨を見上げた。トタン屋根ならともかく、映画館の軒先を叩く雨は、熟練のドラマーもかくやという激しさで、映画を見終わった俺と依藤さんは、半ば呆然として、お互いに顔を見合わせた。
「……とりあえず、少し待とうか」
「そうですね……」
 映画館のロビーには、同じようにして雨宿りする客でごった返していた。売店も混雑していて、暇つぶしにグッズやパンフレットゆっくり見ていられるような感じでもない。
「月曜だったら、もう一本観ようか、って誘う所なんだけどね」
 平日の月曜はカップルデーで、二人で入ればひとり1000円になるのだ。でも月曜は学校がある。俺も彼女も、デートで学校をサボるような精神は持ち合わせていない。学生料金だし、割引チケットで充分だ。
 壁際のベンチにようやく一つ空きをみつけて、彼女を座らせた。隣の男性客が、ちらりと彼女の脚に視線を走らせる。
 俺は狭量な男だと思う。ワンピースの裾から伸びるすんなりと細いレギンスの脚を、他の男に鑑賞されるのに腹を立てる程度には。
 俺はジャケットを脱ぐと、彼女の膝にかけた。
「少し肌寒いくない? 良かったら使って」
「え、大丈夫ですよ。脱いだら先輩が寒いでしょう?」
「俺は平気だから、気にしないで」
 視界の端で隣の様子を窺うと、悪びれた風もなくそっぽを向いた。
 嵐のような雨音が館内に流れるBGMをばらばらと散らかして、向かい合った相手との話し声すら、無情に流してしまう。
「乃凪先輩?」
「あ、ごめん。何か言った?」
 少し屈むと、彼女の声が明瞭になった。
「ありがとうございます、って言ったんです」
 可愛らしく頬を染めて、彼女ははにかむように笑った。
 利己的な行動で感謝されると、いたたまれない。だがそれは俺の内面的な問題なので、彼女にはただ曖昧に微笑む。
「いや、自分の為にした事だから」
 つまらない予防線を張って安堵しただけなんだ。本当は独占したいだけなんだ。君が好きで、好きで仕方がないだけなんだ。
「映画、面白かったですね」
「そうだね。最後の飛行船が落ちるシーンも迫力あったし」
 主人公がヒロインを、命懸けで助けるシーン。いくつもの危険をかい潜って、二人は恋に落ちていく。
 俺が出会う危機なんて、例えば沢登の暴走とか内沼の無茶振り程度だし、それに彼女を巻き込みたいとは思わない。
 映画みたいな恋じゃなくて、ヤマ場もなにもないけれど、
「レンタルになったらもう一回観ましょうね」
「ああ」
 彼女が差し出した手を取って、指を絡める。それだけで充分、ドキドキするんだ。






2011/10/07 up




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