In Paradisum 主よ、万物を創造したる父よ。 哀れみ給え。 あなたに弓引く悪魔すら、 あなたの創造物であるならば、 その子である彼を許し給え。 私の罪により御許へと身罷った 多くの魂が安らぎますように。 「こんにちは、ダルタニアンさん」 婦人は祈りの形に組んだ指を解いた。白い頬に笑い皺が刻まれ、ぱっと華やぐ。 「ああ、神父様。こんにちは、今日も良いお日和ですね」 最近赴任してきたばかりの若い神父は、跪く婦人に静かに歩み寄った。大天使ガブリエルさながらの、烟るような金髪の青年だ。僧籍に入るのが惜しまれる程の美貌だが、婦人はただ微笑んだだけだった。 「いつも熱心に祈っておられますね。何を祈っているのか、お聞きしてもよろしいですか?」 「私の愛する人が、一日でも早く赦されるよう、祈っているのです」 婦人は祭壇の上に掲げられた、十字架を見上げた。愛した人はまだ地の奥底深くで、イエスの様に十字に架けられているのだろうか。それとも罪を赦されて、天の門をくぐっただろうか。 「トレヴィル先生……」 婦人は呟き、目を伏せた。 彼を愛し続ける道は、決して平坦ではなかった。哀しみに張り裂けそうな夜を、寂しく空しい暁を何度も迎えた。恨めしく思うことも、辛さに堪えられない日もあった。 だが、彼がくれた想い出が、支えてくれた温かな友情が、彼女をそこへ導いてくれた。 「最近、なんだか不思議な感じがするんです。昔に戻ったみたいな……」 神父に向き直り、婦人は懐かしいものを見る瞳で彼を見上げた。 その時、教会のドアが開き、二人の青年が入ってきた。 「お、いたいた、神父様。来週のハロウィンの相談があるんだけどよ」 騒がしく入ってきたのは、小麦色に日焼けした快活な若者だった。その横に立つ黒髪の方が、年上らしい口調で窘める。 「もうすこし静かにしろ。………申し訳ありません、マダム」 「いえ、気にしないで下さい。もう終わりましたから」 婦人は微笑んで、祈りの場を明け渡した。軽く会釈して、三人の前から辞す。 その背中に、神父は声を投げた。 「ダルタニアンさん!」 婦人が振り返る。 ステンドグラスから差し込む午後の光が、彼女の髪に金色に注いでいた。 床に落ちた影が、その加減で翼の様に斜めに広がる。 「主は聞き届けられますよ」 ロザリオをそっと握り、青年神父は十字を切った。 「貴女と、貴女の愛するその方に、主の祝福がありますように」 In Paradisum deducant te Angeli; in tuo adventu suscipiant te martyres et perducant te in civitatem sanctam Jerusalem. Chorus Angelorum te suscipiat, et cum Lazaroquondam paupere, aternam habeas requiem. 2011/10/06 up back |