1010Birthday


 真っ白な生クリーム、大きな苺。綺麗な模様がプリントされたチョコレートのプレートには、『HAPPY BIRTHDAY』の文字。
 揺らめく10本の蝋燭の灯が、電気を消した薄闇に佇む青年の姿をぽうっと明るく照らし出す。
「お誕生日おめでとう、十夜兄さん」
 少女は嬉しげに言祝ぎ、喉を震わせてバースデイソングを歌った。鈴を振るようなうつくしい独唱を、青年は目を閉じて聴き入る。
「さあ、蝋燭を吹き消して」
 歌い終わった途端に、そう急かす少女の頬は喜びと興奮で薔薇色に輝いている。黒水晶のような瞳に蝋燭が映り込んでいて、青年はそれに少し見とれた。
「早く、兄さん」
「ああ」
 青年は頷いて、上体を屈めた。ケーキの上で揺れる蝋燭に向かって、ふーっと大きく息を吹く。
 オレンジ色の灯は、大きく揺らいだように見えた。が、見えただけで消えはしなかった。
 青年は少女を見遣って肩を竦める。
「やっぱり駄目か。紗夜、代わりに吹き消してくれ」
「もう……仕方ありませんね」
 少女は長い黒髪をそっと耳に掛けて抑えると、テーブルに身を乗り出して、ふーっと大きく息を吹き掛けた。
 花びらのようなくちびるから吹いたそよ風は、二呼吸ですべての蝋燭の灯を吹き消した。
 闇が降りる。
 ぱっと部屋の電気が戻り、少女は変わらぬ兄の姿を見つけて微笑んだ。テーブルを回って、腰周りにぎゅっと抱き着く。
「お誕生日おめでとう、兄さん」
「ありがとう、紗夜。さあ、ケーキを切ろうか」
 青年はナイフを取り上げた。少女が横から手を添える。端麗な容姿をもちながら、その実手先は不器用に二人である。二人の共同作業により、ケーキはジグザグの切れ目ながらもなんとか切り分けられた。
「一番大きい苺の所が兄さんのですよ」
「おや、いつも甘いものには欲張りなお前が、どういう風の吹き回しだい?」
「だって、今日は兄さんの誕生日ですもの」
 澄まして言うが、少女の視線はちらりと一瞬、真っ赤な苺に投げられる。青年は笑ってフォークをとった。
「ありがとう。じゃあ、はい紗夜。口を開けて」
「もう、兄さん」
「紗夜の笑顔が、私には一番のプレゼントなんだ。さあ、ほら」
「もう……」
 少女は困った顔をしながらも、嬉しそうに口を開けた。
「あーん」
 ぱくん、と閉じた口いっぱい甘酸っぱさが拡がる。
「おいしいかい?」
「はい!」
「それは良かった」
 満面の笑みを浮かべる少女に、青年は甘く微笑んだ。

 ――あと何度、彼女はこうして祝ってくれるだろうか?

 今日何度目かの言祝ぎを、少女はまた繰り返す。
「兄さん、お誕生日、本当におめでとう」
「ありがとう、紗夜」
 遠野十夜は微笑んで妹の額にキスを返した。






2011/10/10 up
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