騎士道精神


 その昔、騎士道というのは大変なものだったらしい。
「だって、ありえねえぜ。例えば道に水溜まりがあるとするだろ。もしその時女と一緒に歩いてたら、自分のマントを外して道に敷かなきゃならないんだと」
「なんで?」
「女のドレスが汚れない為だ! じゃあそのマントどうすんだよ、めちゃくちゃ汚れるだろ!? 着れねえじゃん!!」
「そうだね……。水溜まりくらい、飛び越えるか避けたらいいのに」
「だろ!?」
 漫画片手に拳を振り上げるポルトスを、ダルタニアンが横目で見遣った。
「なんで女の、しかもドレスの為に……あーっ! 納得いかねえ!」
 がーっと吠えながら頭を掻きむしる。
 銃士隊隊長のアトスから、騎士道精神について何か言われたらしい。昨日からずっとこんな調子だ。
「別に、騎士道ってそればっかりじゃないでしょ? 弱きを助け、悪をくじくとか、ポルトスにぴったりじゃない」
「おう! そっちなら得意分野だぜ!」
 笑顔になって、ポルトスはようやくベッドの真ん中に腰を落ち着けた。ダルタニアンはその横で編物の続きを再開する。プランシェに倣って、今年の冬はポルトスにマフラーでも編もうかと思いたっての事だった。明るい藍色に白と山吹のラインをアクセントに入れる予定で、目下練習中である。
 編み針を動かすダルタニアンの横で、ポルトスは大人しく漫画を読んでいたが、しばらくしてふと思い出したように呟いた。
「でも、お前だったら仕方ねぇか」
「え?」
 すっかり編み物に集中していたダルタニアンは、なんの事かと振り返った。ポルトスは漫画を閉じ、傍らの毛糸玉をころころとてのひらで転がす。
「だってよ、お前が裾汚したらマズいようなドレスなんか着てる時って、相当めかし込んでる時だろ。だから、その、汚させたくねえなって」
「…………」
「なっ、なんだよ」
 目許を仄かに染めながら、ポルトスがふてて見せる。ダルタニアンは編み針を置くと、ポルトスの肩に頭を預けた。
「ふふっ。ポルトスらしい」
「笑うなよ! 馬鹿にしてんのか!?」
「してないよ」
 勢いでポルトスが毛糸玉をめちゃくちゃにしないよう、さりげなく取り上げながら、ダルタニアンは小麦色の頬に称賛のキスを贈った。
「私にとってはポルトスが一番、誰よりも騎士らしいよ」







2011/09/28 up
企画参加作品:黒百合の紋章
素敵な企画に参加させて頂き
ありがとうございました!



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