クッキーはどこですか?


 グラウンドに立つダルタニアンを見つけるのは簡単だった。背が飛び抜けて高いわけではないが、姿勢が良いからどこにいても目を引く。校舎の窓枠に腕をつき、アトスは遠い恋人の姿を眺めた。
 気づくか、気づかないか。少し悪戯っぽい気持ちで見守る。すると、周りにいた生徒たちの方が早くアトスの姿に気づき、女子生徒の幾人かが飛び跳ねた。彼女の友人のプランシェが気づき、ダルタニアンをつつく。
 アトスは手を振ろうと待機したが、しかしダルタニアンは頑として振り向かなかった。
「…………?」
 どうしたんだろう。いつもなら嬉しそうにちょっとだけ手を振り返すのに、何か機嫌でも悪いのだろうか。
 少々ムッとしながら、チャイムと共にアトスは窓から離れた。





 放課後、生徒会室に呼び出したダルタニアンに尋ねる。
「昼間、俺を無視しただろう」
「……あれは、アトスさんの方が悪いです」
 ダルタニアンは拗ねた顔で、空のクッキーの缶の蓋をパッコンパッコンと無駄に開け閉めする。
「俺が?」
 訝しげな顔になったアトスを、ダルタニアンは口を尖らせて見上げる。
「私の方が先に気づいたのに、気づいてくれませんでした」
「……悪かった」
 拗ねて顔を背けるダルタニアンを、アトスは後ろから抱きしめた。頬にあたる髪が柔らかい。クッキーの缶を取り上げて、指と指を絡めると、彼女はそのまま彼の手を口許まで持ち上げ、軽く噛んだ。
「俺の指はクッキーじゃないぞ」
 ダルタニアンは答えず、彼の節ばった指に軽く歯を立て、舌先で擽った。夜を思い出させる仕種に、少し焦る。
「ダルタニアン」
 指を離さない彼女に、アトスは彼女の耳に同じ事をして反撃した。
「……あっ、…っ!」
 甘い声を上げて、ダルタニアンが指を離す。アトスは解けた指を彼女の腹に這わせて、離さないように腰に腕を回した。抱きしめたまま、彼女の名前を囁いて耳朶を甘く噛む。
「参りました……!」
「もう、か?」
「はい。だから、離して……」
「駄目だ」
 軽くのけ反る白い喉に、アトスは吸血鬼のように食らいついた。
「お前が悪い」
「あ……」
 切なげな声がダルタニアンの喉から漏れかかった時だ。
 ドンドンドン!と激しく生徒会室のドアが叩かれた。
「ちょっと二人とも!いちゃつくならTPOと僕の気持ちを考えて下さいよ!」
 半ギレたコンスタンティンの声に、二人は慌てて体を離した。間を置いて、がちゃりとドアが開く。
「まったくもう……ダルタニアン先輩、はいこれあげますから、大人しくしてて下さいね」
 書類を抱えたコンスタンティンはダルタニアンに大きなクッキーの缶を押し付けた。
「おい、コンスタンティン。ダルタニアンに勝手に餌付けするな」
「餌付けでダルタニアン先輩の愛が得られるんなら、僕はこの部屋いっぱいクッキーで埋め尽くしますよ」
「本当? コンス?」
「乗るなダルタニアン!」
「勿論です先輩! 先輩が望むなら先輩の為にお菓子の家……いや、お菓子の城だって立てちゃいますよ!」
 目を輝かせるダルタニアンから、アトスはクッキーの缶をとりあげた。奪い返されないよう、頭の上高く持ち上げる。
「欲しかったら、俺の仕事が終わるまで待て」
「それ僕のクッキーなんですけど」
「わかりました。手伝います」
 キリッとして頷くダルタニアンに、コンスを無視したアトスはこめかみを揉んで尋ねた。
「お前……クッキーと俺、どちらが目当てなんだ?」
 ダルタニアンはにっこりした。
「両方です」
 どちらのクッキーも、彼女は大好物なのだ。







2011/09/23up



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