静謐を破る


 何故、私は走っているのか。
 何故、こんなにも狂おしいのか。
 ―――わかりたくなかった。
 何故私はこの身を業火に灼いてまで、あの少女の命を奪わせまいとするのか。
 
 
 鈍色の曇天から雪が降り始めていた。
 ロシュフォールの監視が消えたのに気づいていながら、ダルタニアンから目を離してしまった。仕方のない事だったとはいえ、己の判断の甘さを悔いる。
「間に合ってくれ…!」
 ダルタニアンの命を奪うのは私だ。
 私自身の手で復讐を果たす為、他の誰かに殺されてはならない。
 ダルタニアンの死は、この復讐劇の最大の目的であり、彼女を復活させる駒だ。
 しかしリシュリューに、そしてアンヌに鍵の正体を告げると決めたときから、その可能性は考慮していた。なぜそんな事をしたのかと言えば、自分で手を下すのをどこかで躊躇ったのだ。あの少女を殺す自信が、どこかで揺らいでいた。
 あんなに憎んで、恨んで、悔いて、やっとここまで来たのに、何故いまさら。




(ああ)
 とうに答えはわかっている。


 恋をした。
 愛してしまった。
 憎むべき仇を、殺すべき標的を。






「ダルタニアン……!」
 私は初めて彼女以外の名を呼びながら、静謐なる地下へ駆け降りた。













2011/09/07 up



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