独占欲 「じゃあ、お願いね」 「はいッ! ダルタニアン先輩ッ」 頬を紅潮させた一年生が、紙束を抱えて走っていく。ダルタニアンはそれを見送ると、再び机の上に溜まった未決済の書類に目を落とした。といっても、量はさほどでもない。彼女は天文学者の娘だし、コンスタンティンも商家の息子だから、数字には強い。会計書類はお手の物だ。 文武両道、才色兼備。かつてアトスが築いた地位は、ダルタニアンにそのまま引き継がれた。いや、先代はアラミスがその美貌で人気を二分していたから、それ以上かもしれない。 「なーんか、面白くねえ」 椅子の前を持ち上げてぐらぐらさせながら、肉体労働担当のポルトスは憮然として呟いた。 「あれ、ポルトスいたの?」 「いたぞ! お前がたまにはデスクワークもしろっつったんだぞ!!」 「あ、そうだっけ」 ダルタニアンは目をぱちくりさせた。いつもこれだ。ポルトスはムッと口をヘの字に曲げると、音高く椅子から立ち上がった。つかつかとダルタニアンに歩み寄る。 この一年で、ポルトスは身長が8cmも伸びた。逆に1oも伸びていないダルタニアンの上に覆い被さると、殆ど押し潰しそうに見える。 「やっぱりお前を銃士隊に入れるんじゃなかったぜ」 前髪が触れ合う程に近づいて、彼は忌々しげに顔を歪めた。 「やっと俺だけのものになったと思ったのに、全然俺のに出来ない」 「ポルトス」 ダルタニアンはペンを置いて、ポルトスに向き直った。傍目には冷静に見える。だが本当はそうじゃない。 ちゃんと、というと可笑しいが、ドキドキしている。だって、好きな人がこんなに近いのだ。 彼女はゆっくりと口を開いた。 「アトスさんもアラミスさんも卒業して、私が持ってる忠誠はポルトスだけだよ」 銃士隊隊長になるに当たって、幾人かから決闘を申し込まれた事もあった。それら全てに勝って、彼女は今ここにいる。負けた相手が捧げようとした忠誠を、彼女は全て断った。 「ポルトス以外の忠誠はいらない」 「ダルタニアン……」 「それに」 ダルタニアンはひょいと手を後ろに回すと、行儀悪く彼女の尻を撫で回していた色黒の手をぐいっと持ち上げた。 「こんな真似を許すのも、ポルトスだからなんだからね」 「う……あ……」 ポルトスはぐしゃぐしゃと自分の髪を掻き混ぜると、力無く呟いた。 「……くっそぉ」 使い走りの後輩にみっともなく嫉妬したり、無意識のうちに撫で回したり、無意味に苛立ったり。 わかっている。これは独占欲だ。 「俺は忠誠だけじゃ足んねぇんだよ」 今すぐ全部俺のものにしたい。けど、出来ない。 「私もだよ」 葛藤するポルトスの頬を、ダルタニアンは指の甲でするりと撫でた。 「だから、もう少し待って。せめてこの書類終わるまでは」 「……………」 「ね?」 「……ね、じゃねぇよ」 ポルトスは焦れた声音でダルタニアンの頭を抱いた。身長が伸びなかった代わりに、彼女の髪はこの一年で肩より長くなって、青いリボンで結わえている。それを解く。 「いつまでもは待てねぇぞ」 おりた髪で隠れる位置に、せめて所有の印をつけた。 2011/09/06 up back |