理事長室で朝食を 苦り切った顔のロシュフォールがやってきたのは、とある朝の事だった。ノックの音に慌てて身支度を整え、表に出ると、遅い、と理不尽な叱責を浴びせられた。 「すみません。先生が来るとは思わなかったものですから」 「フン。……まあ、いい。とにかくついて来い」 「どうかしたんですか?」 ダルタニアンの問い掛けには答えず、ロシュフォールは足早に廊下を歩き出した。二度も叱られたくはないので、ダルタニアンも急いでその後を追う。行き先は理事長室のようだった。 「実は今朝、鶏舎に獣が入ったらしい」 「はあ…」 シュバリエ島の食糧は生鮮物を含め、基本的に定期船で運ばれて来る。ただ一部の食材については、輸送より自家栽培した方が都合が良いので、この島で作られている。卵もその一つで、馬術訓練用の厩舎と並んで鶏舎が立っている。毎朝おいしいスクランブルエッグやらポーチドエッグを食べれるのは、このおかげだ。 この島には野生の獣も多く棲息している。だが、厩舎や菜園の周りはちゃんとその手の対策が為されている―――はずだ。 なんとなく察して、ダルタニアンは口を開いた。 「獣って、まさか…」 「二本足の獣だ。今は仕置きの最中だ」 ダルタニアンは一瞬、色黒の銃士の断末魔を幻聴した。 「とにかく、朝食に使う為の卵をやられてしまったのだ。リシュリュー様は毎朝必ず生みたての卵で作ったオムレツを召し上がる。これは学園始まって以来の不文律なのだ」 「はあ……」 「リシュリュー様は何事にもきちんとルールを設ける方だ。故に、今朝卵料理がない事に非常にご立腹なのだ」 「ほかのメニューじゃだめなんですか?」 「駄目だ。だから今、奴らにこの島のありとあらゆる鳥の巣を探させている」 「…………」 「というわけで貴様には時間稼ぎをしてもらう」 「あの、何故私なんですか?」 「貴様でなければ駄目だからだ」 憎々しげに言い終わると同時にたどり着いた理事長の私室のドアを、ロシュフォールはノックした。 「リシュリュー様。失礼致します」 ドアを開け、ダルタニアンに向かって顎をしゃくる。ダルタニアンは恐る恐る中へ入った。 大きく取られた窓から、明るい光が差し込んでいる。執務室に良く似た重厚な調度が並ぶ中、胡桃材のテーブルをコツコツと指先で叩いていたリシュリューが、物音に気づいて顔を上げた。 「朝食はまだかロシュフォール……、ん? ダルタニアンではないか。どうした、このような時間に」 「はい、あの」 ノープランで空腹の獅子の前に放り出されたダルタニアンは、言葉を探して目を泳がせた。 だが、バカ正直だけが取り柄の彼女である。うまい言い訳を思いつかず、結局単刀直入に切り出した。 「今朝、卵がないんだそうです」 「なに?」 「実は……」 斯々然々と説明すると、リシュリューは眉間に深い皺を刻んだ。怒られる、と首をダルタニアンは首を竦めた。 が。 「ならば仕方あるまい」 「え、いいんですか?」 「無いものを出せとは言わぬ」 リシュリューは嘆息して、椅子の背に体を預けた。 「ロシュフォールめ、そんな事ならば、さっさと言えば良いものを。あやつはどうも四角四面すぎる所があるな」 理事長は呼び鈴を鳴らした。奥から給仕係が飛んで来る。彼は卵抜きの朝食を命じると、ダルタニアンを招き寄せた。 「お前もここで食べて行くと良い」 「え? いいんですか?」 「勿論だとも」 戻る時間にはもう食堂が終わっているだろうとがっかりしていたダルタニアンは、顔を輝かせた。言葉に甘えて、向かいに座る。 「お前は何が好きなのだ?」 「おいしいものなら何でも好きです。理事長は何がお好きですか?」 「私か。私は……」 失礼致します、と声がかかり、給仕係が銀のワゴンを押して入って来る。 焼きたてのクロワッサンの香ばしい匂いに、ダルタニアンはうっとりした。 「いただきます」 幸せいっぱいの顔で、ナイフとフォークを手にとる。 「ふむ」 リシュリューは苦笑した。 ガス入り水のグラスを優雅に掲げ、彼は楽しげに宣った。 「たまには卵なしの朝食も悪くあるまい」 2011/09/02 up back |