黄金の雨




「誕生日に何が欲しいですか?」
 新学期が始まる少し前、帰省を早めに切り上げて学園へ戻ってきたダルタニアンが尋ねた。彼女を膝の上に抱えたリシュリュー卿は、デスクに肘をついたまま片眉を持ち上げる。
「気にするな。祝うような歳でもない」
「そんなことありません。それに、私がお祝いしたいんです」
「ふむ。ならば好きにせよ」
「けど、何にしたら良いかわからなくて。貴方はなんでも持っているから」
 学園の理事長である彼には地位も財産もある。何事にも不足がないよう、ロシュフォールが気を配っているし、なまじな品では満足させられない。しかし、学生の小遣いで彼を満足させる物を探すのは、中々に厳しかった。
 考えた挙げ句、ダルタニアンは本人に聞くのが一番だと思ったのだった。
「ねぇ、リシュリュー」
「考えておこう」
 卿は短く答えて、子猫を撫でるように彼女の喉をくすぐった。




 返事を貰わないまま、新学期が来てしまった。悩みながら、それでもなんとかプレゼントを用意したダルタニアンを、ロシュフォールが呼び止めた。
「放課後、私の部屋に来い」
「え、あの……」
 問い返す間もなく、剣術教師はさっさとダルタニアンに背を向けてしまった。
 今日は新学期初日だから、授業もオリエンテーションしかない。昼食を終えた午後、ダルタニアンがロシュフォールの私室へ向かうと、不機嫌この上ないロシュフォールが部屋の前に仁王立ちしていた。
「やっと来たか」
 言うなり部屋の中へ突き飛ばす。中にあったのはリボンのかけられた大きな箱だった。明らかにプレゼント仕様だが、まさかロシュフォールからリシュリュー卿への贈り物なのだろうか。
「開けろ」
「え? あの、私が開けちゃっていいんですか?」
「お前以外に誰がいる。さっさとしろ」
 半ば脅されるようにして、ダルタニアンは包みを解いた。目を丸くして振り向く彼女に、ロシュフォールは今にも斬りかかりそうな目で睨む。
「5分だ」








 控えめなノックに、リシュリューはデスクから顔を上げた。
「入れ」
 返事の代わりに聞こえてきたのは、涼やかな絹擦れの音だった。リシュリュー卿は満足げに目を細める。
「お前を前にすれば、月の女神も裸足で逃げ出すであろうな」
「冗談ばかり言わないで下さい」
 剥き出しの白く細い肩を、レースの手袋で抱くようにして、ダルタニアンは目元を染めた。
 恋人の贔屓目を抜きにしても、彼女は美しかった。シャンパンカラーの胸元から、滑らかなカスタード、山吹色に冴え、裾は渋味がかった鈍い黄金のサテンに、バロックパールが星の数ほど縫い込められている。胸元を飾るコサージュの百合だけが、まばゆい程に白い。
「私の見立てに間違いあるまい。良く似合っておるぞ」
「貴方の誕生日なのに、私が贈り物をされるなんて。これじゃあべこべです」
「私に何が欲しいかと聞いたな」
 リシュリュー卿は立ち上がり、もじもじしている少女を手招いた。薄く化粧をした貌は半年前より大人びて、はにかみながらまっすぐに恋人を見上げる。
「ダルタニアン、お前は今、幸福か?」
「はい」
「ならば良い」
 リシュリュー卿はサテンのサッシュで結ばれた腰を引き寄せた。
「それが私の望みだ」











2011/09/01 up

リシュリュー様お誕生日おめでとう



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