薬屋の女房


 とある地方の片田舎にある美穂呂町商店街には、ドラッグストアなどない。
 あるのは、代々続く個人経営の薬局である。
「いらっしゃいませー、って、なんだ皐月か」
 自動ドアが開くのに合わせて振り返ると、客でなく、この薬局の若奥さんが入ってくるところだった。
「ただいま」
「おかえり。何買ってきたんだ?」
 スーパーの買物袋の他に、四角い本屋のビニール袋を目ざとくみつけて、勇人は尋ねた。雑誌でも買ってきたのかと思ったが、ずいぶんと分厚い。
「中身見ても良い?」
「うん、良いよー」
 本屋の袋だけ勇人に渡すと、皐月は買った食品を冷蔵庫にしまうべく、奥の方へ引っ込んだ。了承を得て、勇人はゴソゴソと袋を開ける。中に入っていたのは、登録販売者の資格試験のテキストだった。客がいないのを良い事に、勇人は勝手口から半身を奥の方へ乗り出した。廊下の隙間越しに、皐月の背中に呼びかける。
「受けんの?」
「うん。申込もしてきちゃった。もうすぐ実務経験1年経つしね」 
 荷物を片付けて戻ってきた皐月は、笑いながらまとめた髪をほぐした。慣れた手つきで編み直す。
 登録販売者の受験資格は、高卒なら薬局での実務経験一年。ということはつまり、結婚してもうすぐ一年ということだ。子供のころからずっと一緒にいるから、結婚してまだ一年しか経ってないのかと思うと、なんだか不思議な感じがする。
「頑張って勉強するから、わかんないところあったら教えてくれる?」
「お、おう!」
 元気よく答えたものの、勇人はテキストの中をぱらぱらとめくって顔を引きつらせた。
「……やべ」
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
 ごまかし笑いを浮かべて、勇人は白衣のポケットに両手を突っ込んだ。ポケットのなかにはアンチョコいっぱい、彼とてまだまだ修行中の身である。
 今夜あたりもう一度昔の参考書でも復習してみようか、などと皐月の横顔を見ながら決意する。
「おっし、頑張るか」
「ふふ、よろしくね、旦那様」
 



 
「って夢見たんだけどどうよ水窪?」
「良い夢って、人に話すと現実にならないんだよ勇人くん」
「え」
「ご愁傷さま」
「うわああああああああ!!」


おしまい







2011/08/24 ソラユメ絵茶より





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