駒鳥の羽根は何故青い


 ある日、彼女がこう言った。
「私、ポルトスとセックスしたくない」
「…………え」
 鼻息荒く押し倒す寸前で、ポルトスは固まった。
「睡眠時間は少なくなるし、翌日の体に堪えるし」
「なんだよ、そんな理由……」
「ポルトスは駄目って言っても聞かないし、嫌って言っても無茶苦茶するし」
「う…………」
「それに正直、痛いばっかりであんまり気持ち良いとは思えないんだよね」
「なっ!!」
「ポルトスの事は好きだけど、このままずっと付き合ってくのは無理だと思う」
「…………!」
「ごめんね?」
 

 ―――そして彼は彼女の部屋から追い出された。














「なんでだよぉぉぉぉ―!!」
 生徒会室に駆け込んで洗いざらいぶちまけたポルトスに、銃士二人は呆れた顔で宣った。
「多少テクニックが足りなくても、普通は愛情でカバーできるものだよね」
「つまり、いくら愛情があってもカバーしきれない程こいつが下手だったということか」
「下手とか言うな!! オレはそんな下手クソじゃねえ!!」
「説得力皆無だね」
「だな」
 アラミスは優雅に紅茶のカップを傾けながら、アトスはマクロ経済学の入門書をめくりながら頷く。
「ちくしょおおお!! じゃあ、お前らはどうなんだよ!?」
 二人は顔を見合わせた。
「俺に出来ない事はないぞ」
「僕は本気をだせば30秒で女の子を骨抜きにする自信があるけど?」
「んだよ、証拠あんのかよ!」
「「ダルタニアン(さん)を貸してくれるなら」」
「んなの駄目に決まってんだろ!」
 ポルトスは喚いた。押して押してやっと付き合えた恋人である。猫の子でもあるまいし、ほいほい貸し出されては堪らない。
「大体さ、ポルトス、ちゃんとダルタニアンさんのこと開発してる?」
 アラミスの問い掛けに、ポルトスは苦手な古文の問題でも突き付けられたような顔をした。
「なんだよ、開発って……」
「例えば耳が弱いとか、背中で感じるとか」
「はぁ? そんなとこ触って何が楽しいんだよ」
 二人は再び顔を見合わせた。
「…………駄目だな、これは」
「…………ダルタニアンさん、可哀相」
「なんだよ!? なんなんだよ!!」
 困惑しつつ喚くポルトスに、アラミスはあっさり匙を投げた。
「もういっそ、別れたほうがいいんじゃない?」
「それもありだな」
「うるせー! オレは別れないからな!!」
「………それ、ダルタニアンさんにも言った?」
「あたり前だろ!!」
 二人は揃ってため息をつく。
 まるっきり暴力亭主の言い様だ。これでは彼女も愛想を尽かすと思いきや、どうやらそうでもないらしい。
「別に話したり、一緒にどこかに行ったり、飯食ったりとかはいいみたいなんだよ。その………させてくれないだけで」
 ぼそぼそと呟くポルトスを、二人は半眼で眺めた。
「…………聞いてるのが馬鹿らしいな」
「…………本当にね」
 要はポルトスががっつくから悪いのだ。だから彼女も気持ち良くなれないし、行為に対して喜びを見出だせない。
「そうだ、なら僕がダルタニアンさんを開発してあげるってのはどう? 本当は気持ち良いものだって実感すれば嫌がらないだろうし、彼女の感度が良くなれば少しは楽になるでしょう?」
「いい案だ。アラミスでなくとも、俺がやってもいいぞ」
「な!?」
 とんでもない提案に、ポルトスは椅子ごとひっくり返りそうになった。
「駄目に決まってんだろ!! 何考えてんだよ!?」
「だって、このままじゃあんまりにダルタニアンさんが可哀相で」
「アラミスお前……女なら誰でもいいのかよ!?」
「まさか」
 アラミスは真顔で否定したが、ポルトスを煽っただけだった。勿論わざとだが。
「とにかく! ダルタニアンには手を出すなよ!! ダルタニアンはオレの女なんだからな!? 絶対だぞ!!」
 両腕をぶんぶん振り回して、ポルトスは吠えた。まるっきり駄々っ子である。
「……おい、アラミス」
「なに?」
「もういっそ俺達でポルトスを開発した方が早いんじゃないか?」
「……は?」
 ありえない事を聞いて、ポルトスがぽかんとする。紅茶を飲み干したアラミスは、カップを置いてポンと手を打った。
「成程。さすがアトス、逆転の発想だね」
「はぁ!? おおお前ら、何言ってるかわかってんのかよ!?」
「とりあえず、暴れないように縛るか」
 青褪めるポルトスを、アトスはその辺にあった荷造り用のロープで固定した。何でも出来る学園一の秀才は、あっという間に亀甲縛りに縛り上げる。
「おい! アトス、なにやってんだ冗談はやめ」
「俺は冗談は言わない」
「……………」
「ねぇ、ポルトス?」
 ポルトスの肩にそっと手を置き、学園一の美貌の主はその耳元に囁いた。
「駒鳥の羽根は何故青いと思う?」












「というわけで、これからは多分大丈夫だと思うよ」
「はぁ……」
 保健室に呼び出されたダルタニアンは、亀のようにベッドの中に閉じこもったポルトスを前に、呆れたため息をついた。
「お二人とも、ポルトスにどんなことしたんですか?」
 ダルタニアンが見上げると、アトスが茶目っ気たっぷりに口の端を持ち上げる。
「聞きたいのか?」
「はい。後学のためにも」
「企業秘密だよ」
 アラミスはくすくすと笑っている。
「ポルトス? 大丈夫?」
「うるせー! 俺の事はほっとけ!!」
 くぐもった声は半泣きだ。ますますダルタニアンは困惑した。
「もしポルトスを見限ることがあれば、俺のところに来るといい。お前ならいつでも歓迎する」
「勿論、僕もね」
「ありがとうございます。お気持ちだけ頂きます」
 アトスとアラミスに頭を下げ、ダルタニアンはポルトスのいるベッドの脇に腰掛けた。これ以上は野暮と見て、二人が保健室から引き上げていく。
「ああ、そうだダルタニアンさん」
 出ていく直前、アラミスが振り返った。
「今度ポルトスが無茶をしようとしたら、駒鳥の羽根の色を尋ねてみるといいよ。じゃあね」
「……………?」
 首を傾げるダルタニアンに、アラミスは謎めいた笑みを残した。
 ご丁寧に鍵までかけていったのを見て取り、ダルタニアンは毛布をめくり上げた。
「ポルトス?」
 ベッドの中で、何故かインディゴブルーのトランクス一丁のポルトスは、罰の悪い顔でダルタニアンを見上げた。
「今まで、あんな痛い思いさせて悪かったよ」
「…………………本当になにがあったの?」
 ポルトスが答えないので、ダルタニアンは手を差し延べて彼の髪を撫でた。くしゃくしゃになった髪を梳く手を、ポルトスはそっと掴む。そのままゆっくりと口許に引き寄せると、てのひらの真ん中にやわらかなくちづけをした。
「ポルトス、」
「嫌いになるなよ」
 彼は懇願した。心の底から。行為を拒否されるより、何より、一番辛いのはそこだった。
「もっと優しくするようにするから、無理矢理になんて抱かないから。……お前が好きなんだよ。だから……嫌いだなんて、言うな」
「ポルトス……」
 琥珀色の瞳にこんな風にじっと見つめられたら、切なくならないわけがない。
 ダルタニアンは身を乗り出し、毛布の奥のポルトスにキスをした。
 好きでいたいから、少し距離を置いただけだ。
「嫌いになんてならないよ」
 彼女の言葉に、ポルトスは顔をくしゃくしゃにして笑った。












 ―――と、うまくまとまりかけたのだが。
「ところでポルトス」
「あん?」
「駒鳥の羽根って赤だよね?」
「…………………は?」
「赤」
 駒鳥の羽根は青くない。
 堅物なアトスも冗談くらい口にする。
「……………………」
「……………………」
「ちくしょおおお!! 担がれた―!!」
 恋人の頭の中身がちょっと心配になったダルタニアンであった。






2011/11/13 up



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