大樹の陰で


 永久に別れぬ二人でも、たまに仲違いすることはある。
「……貴様は、どうしてそう頑固なのだ」
「先生ほどではありません」
 発端は些細なこと。
 入学式を迎えた学園を見守っていたダルタニアンが、ロシュフォールのような先生がいないか、などと呟いたので、逆に彼女に似た生徒を指摘してやった。そうしたら、この有様である。
「お前に似ていると言っただけだろう」
「似てません」
 ロシュフォールが指さしたのは、黒髪をきりりと結いあげた、背の高い女生徒だ。
「先生はああいうタイプがいいんですね」
「くだらん」
「私にはくだらなくないです」
 むっと口をへの字にして、ダルタニアンはくせの強い金褐色の髪をなでつける。つぶらな瞳、口角の上がったくちびる。ただし鼻はあまり高くない。彼女の顔立ちは、愛嬌はあるが、とりたてて美人というわけではない。
「貴様と違って、私は顔などどうでもいい」
「私だって、先生を顔で選んだわけじゃありません」
「ほう」
 ロシュフォールは目を眇めると、腕を組んで大樹の幹に寄りかかった。
「ならば、貴様はなぜ、転生を擲ってまで俺と共にいるのだ?」
「先生こそ、なんで300年の忠誠を捨ててまで私と一緒にいてくれるんですか」
「質問に質問で返すな」
「先生が答えてくれなきゃ、答えません」
 そんな問答のあと、かれこれ二週間、膠着状態が続いている。
 どちらも譲らないので、顔を合わせるのも気まずく、今は同じ大樹の別の枝に、それぞれ陣取っていた。いわば家庭内別居の様相である。
 どちらかが折れれば済む話なのだが、それができない。しかも、仲裁してくれる者もいないものだから、頑固者同士の角突き合いが延々続くわけだ。
「せっかく、お酒もらったのに…」
 隠しておいたワインのボトルを爪で弾く。いつからか月命日になると、代々の銃士隊が何かしらお供えしてくれるのだ。彼らは普段は人には見えないが、ロシュフォールは偶に姿を現しては銃士隊に指導をしているらしい。無愛想な癖に面倒見が良いところは、生前と変わっていない。
 くすりと微笑んだダルタニアンは、慌てて頭を振った。いけない、今は喧嘩中なのだ。
「もう、一人で飲んじゃおう。真昼間だけどいいよね」
 こうなったらヤケ酒だ。ダルタニアンはごそごそとグラスを取り出すと、ワインの詮を抜いた。並々と注ぐ。
「いただきます」
 軽く掲げて、一気に飲み干した。
「ぷはあ。もう一杯」
 とくとくと傾けた瓶が魅力的に囁く。心地好い音に気分を良くしながら、更に二杯空ける。酒はさほど弱くないダルタニアンだったが、怒って血の巡りが良かったせいか、はたまた気分の問題か、あっという間にほろ酔いになった。
「先生の鈍感……」
 生真面目なロシュフォールは、死後も鍛練を欠かさない。生前の慣習のまま巡回したりサボっている生徒の指導をしたりするものだから、学園を守護しているという銀髪の幽霊は生徒達の噂になっているのだ。しかも、女生徒達からは大変な人気がある。最近は彼を探して夜中に徘徊する子までいるのだ。
「たまには、私だけの先生でいてほしいのに……」
 すん、と鼻をすすったダルタニアンの体がぐらりと傾ぐ。
「わ、きゃ……」
 酔いが回っているせいで鈍くなっていた。幽霊だから頭から落ちてもどうという事はないが、怖いものは怖い。衝撃にぎゅっと身構えたが、しかしいつまでもそれはやって来なかった。
「……あれ?」
「馬鹿か貴様は」
 目を開けると、不機嫌な顔のロシュフォールが彼女の体を抱き留めていた。
「幽霊の癖に気から落ちるなど、鍛練が足りない証拠だ。しかも貴様、一人で空けたな?」
「……すみませ、」
 最後まで言う前に、口を塞がれた。残った僅かなワインを舐めとるように、舌が絡み付いて来る。アルコール以上の酩酊に、指先まで力が抜けてしまう。
「昼間ですよ?」
 それだけでは済まない気配に、ダルタニアンは躊躇うように恋人を見上げた。ロシュフォールは彼女を抱えたまま下ろす気はないらしく、そのまま彼らの指定席へと移動する。
「貴様と他の生徒では違うというのが、何故わからない」
 ロシュフォールは眉間に深い皺を刻んだまま、彼女の顎を掴んだ。
「貴様の物分かりの悪さは、徹底的に指導する必要がある。わかったな」
「はい」
 ダルタニアンは嬉しげに頷き、指導に身を任せた。








2011/09/04 up



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