月光


 朽ちかけた教会に、青い月光が差し込む。リシュリュー卿は、割れた薔薇窓の隙間からそれを見上げた。
 一度足を踏み入れれば容易には出られぬ、監獄のようなこの島に、唯一ある教会がこの有様とは、不信心なことこの上ない。
 だが、この島を牛耳るのが悪魔であるならば、それも致し方ない事と言えた。神に祈れる身ではない。そもそも、祈る事に何の意味があろう。信仰や忠誠がなければ、戦争などただの殺戮だ。無為に潰えた命の数を数える度に、凍えた炎が卿を灼く。

 卿は今一度窓の月を見上げた。 天掛かる月との逢瀬は、滞ることなき天の摂理。だが、あの娘との逢瀬は、約束などないただの気まぐれだ。
 だからこそ相見えた時の喜びが増し、待つ時の長さは切なく恋しい。
 これは戯れだ。
 復讐の道程を歩む男の、息抜きの道草。たまたま目についた野の花を手折る愉しみだ。ただ、逢う度に美しくなるから、ついその先までと期限を引き延ばしているに過ぎない。
「……こんばんは」
 清しい声が訪いを告げた。太陽の仮称を名乗る男は、笑みを深くして振り向いた。
 彼は闇の太陽だ。
 復讐に輝き、墜ちゆく先へ、同じ道を徃き従う者をも灼き尽くす。
 灰になるその日まで。
「セレーネよ、近う」
 招く彼の手を、少女は躊躇いなく取った。月光は平らかに降り注ぐ。朽ちゆく教会に、破滅を願う屍達に。
「お前は今宵も美しい」
 神になど祈らぬ。
 欲しいと思えば、自らの手で月すら手に入れる。
 それがリシュリューという男の矜持だ。










2011/08/22 up



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