後夜祭




 篝火が燃えている。

 それはまだ葉桜が繁る頃、体育祭の後夜祭。校庭の真ん中に組まれた櫓には、鮮やかなオレンジの炎が、薄い煙を立ち上らせながら燃え盛っている。
 今時フォークダンスなんて、などと言いながらもこの行事が廃れないのは、普段なら声も掛けられない高嶺の花に触れるチャンスが巡って来るからだろう。
 マイムマイムの軽妙な音色に合わせて、影が踊る。誰かが笑う。
 僕は寄り掛かった廊下の窓枠の、その下に向かって笑いかけた。
「踊らないの? お嬢」
 人目を避けるように、地面に小さく座り込んだ彼女は、僕の呼び掛けにぎくりと一瞥を返した。
「あの辺で君と踊りたがってる連中が、こっちを伺ってるけど?」
「それは貴方も同じではないですか、日生先輩。生徒会の方々が探していらっしゃるのをお見かけしましたが」
「おっと、薮蛇」
 道化て両手を挙げる。しかし彼女は笑いもせず、ジャージについた埃を優雅な仕種で払うと踵を返した。闇に溶けるような黒檀の髪が揺れる。
「どこへ行かれるのですか、お姫様?」
「戻ります。夏帆が探しているかもしれませんので」
 振り返った頬は、夕闇に月の如く青褪めている。篝火の色は遠く、彼女の眸の端にわずかに宿るのみだ。
 僕は窓枠に手を掛けると、ひらりとそれを飛び越えた。驚く彼女を前に、気取った仕種で一礼する。
「美しいお姫様。僕と踊って頂けませんか?」
 一言で断られそうな気配を先回りして、低く囁く。
「そうすれば、お互いに言い訳が立つでしょ?」
 彼女は沈黙し、ため息と共に周囲を見回した。物陰から様子を伺っていた生徒達が幾人かが、慌てて目を逸らす。
「ね?」
 駄目押しに微笑む。冷静を装う美しい面に懊悩が浮かび、柳眉が僅かに下がった。
「……わかりました」
 明かりの届かぬ校舎の影で、彼女は僕の手を取った。
 
 影が揺れる。
 くるくると回る。
 
「ねぇ、お嬢」
「はい」
「綺麗だね」
 
 後夜祭。
 篝火が燃えている。












2011/07/31 up










 
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