夜まで待てない 



 12月に入る頃には、校舎の屋根はすっかり雪化粧を施されていた。
 中庭にはポルトス達が切り出してきた大きな樅が据えられ、色を塗られた林檎やマツボックリで賑やかに飾られている。それだけならまだしも、リースやらモール飾りやら、ところ構わずぶら下がっていて大変鬱陶しい。
「大体、そんな余裕がどこにある」
 ロシュフォールは呟き、灰色の柳眉をぐっと寄せた。
 この時期の彼はいつも不機嫌で、眉間のシワも殊更に深い。とりわけ今回は重症だった。期末試験の平均点が前回を僅かに下回ったことを考えると、生真面目な彼には仕方ないのかもしれない。
 その様子に、生徒会の書類を提出しに来たダルタニアンは、用意してきた台詞を心の隅にそっと押しやった。
「ロシュフォール先生、承認をお願いします」
 事務的に告げると、彼もまた機械的に受け取り、目を通し、判を押して差し戻す。
 30秒で用件は終わってしまった。
 わかっていたことではあるが、ダルタニアンはつい小さなため息を零してしまった。
「なんだ貴様」
 瞬時に見咎められ、慌てて背筋を伸ばす。ロシュフォールは鋭い蒼眸で彼女を睨むと、机に軽く肘をついた。そんな何気ない仕種すら洗練されている。綺麗なひとだな、とダルタニアンは飽きもせず同じ感想を密かに抱く。
「だから、なんだと聞いている」
 ロシュフォールは重ねて尋ねた。しかし、正直に口にしたところでまた妙な顔をされるのがおちだ。
「なんでもありません」
 その瞬間、ひりっと殺気が肌を灼いた。静かに彼が席を立ち、彼女の腕を捕らえる。ゆっくりとした振る舞いなのに、彼女には逃れる術がなかった。
「先生、」
 頬を撫でられ、背筋がひやりとする。なのに、目が離せない。
「貴様、こんな取るに足らぬ書類をわざわざ期日前に提出しに来て、本当に『なんでもない』と?」
「…………はい」
 彼女の悪あがきを、彼は一笑に付した。 細い腰を掬うように抱き寄せられ、彼女はロシュフォールとまともに視線をぶつけた。噛み付くような勢いで、触れるだけのキスを交わす。
「夜まで待て」
 言葉自体は窘める風情だったが、彼女にとっては煽られるばかりだ。
「待てません」


 無情なチャイムが鳴り響く中、解けかけた雪が屋根から少し滑り落ちた。









2013/12/24 up



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