マイコプラズマ


 お湿り程度の雨が、空梅雨の夏を余計に蒸し暑くしている。汗で張り付いたTシャツを剥がして、襟ぐりをパタパタと扇いでみたところで熱はさして変わらない。
 蒸れた緑の匂いが鼻をつき、勇人は三度くしゃみした。手の甲で鼻を擦ってから、ぶら下げたスイカをえいやと持ち直す。
 風邪で寝込んだ皐月への見舞いだった。マイコプラズマ肺炎はウィルス性だものだから、病院で抗生物質を処方されている。よって山瀬薬局には氷嚢と栄養剤くらいしか出番がないのだった。
 学校の連絡がてら電話をかけると、皐月の声は繰り返す咳で嗄れていた。
「感染ると大変だから来ないでね」
 そう言われたものの、素直にはいそうですかとは頷けない。しかも今あの家は、またも両親が出掛けていて、代わりの留守番はあの黒マントなのである。
「悪い人じゃないんだけどさぁ……」
 見た目に反して気配りのある人ではあるが、勇人が安心して任せるには些かならぬ問題がある。
 イケメン過ぎるのだ。
普段の明るく元気な皐月は可愛い。だが病気で少し弱った皐月もまた、こちらが困るくらいに可愛い。
 そんな皐月の傍に自分以外の男がいるとなると、例え皐月にもルーエンにもその気が全くないとしても、彼氏として勇人は穏やかではいられないのだった。
「せめて暁さんだったらなぁ……」
 勇人には及びもつかないハイスペック従兄とはいえ、身内だったらまだ安心できる。
 御剣骨董堂に着くと、看板はなく、入口はしっかり閉ざされていた。ぐるりと回って玄関へ向かう。
「……あ?」
 そこで勇人ははたと立ち止まり、並んで振り向いたふたつの顔をまじまじと見つめた。
「お前ら、なにやってんの?」
「何って、お見舞いだけど?」
 眼鏡のブリッジを押し上げながらにやりとしたのは水窪で、その隣から何故か頬を赤らめた進藤が矢継ぎ早に続ける。
「あっ、あの!私は、皐月のお見舞いに……水窪くんとはたまたま途中で会って、その」
「荷物が重そうだったから、運ぶのを手伝ったんだよ」
 そう引き継いだ水窪の手には可愛らしい小玉スイカがぶら下がっていた。勇人は無言で自分のスイカを見下ろす。
(……被った…………)
 なんとも言えない空気になる。
「せめてメロンにすれば良かったのに。気が利かないんだから」
「どうやって気を利かせろと!?エスパーか俺は!!」
「二人とも、よそのお宅の前で喧嘩したらご迷惑よ」
 進藤が宥めかけたその時、何の前触れもなくガチャリと玄関のドアが開いた。
「いらっしゃ〜〜い」
 愛想良く顔を覗かせたのは、ざんばらな赤毛を後ろで括った正体不明の青年である。目を白黒させる勇人の横で、進藤があっと声を上げた。
「えっと……餘部先輩?」
「ピンポーン。大正解〜!」
「誰?」
「皐月の部活の先輩……だったと思うんだけど……」
「その人がなんで皐月ん家に?」
「いいからいいから、ささ奥へどうぞ」
 餘部は三人の戸惑いなど全く構わずに、ぐいぐいと家の中へと引っ張り込む。中にはもうひとり来客があるらしく、餘部の下駄の他にももう一足、真新しい革靴が揃えられている。
「近寄らないでくれる? 暑苦しいんだよね。っていうか帰れ?」
「滅せよ!ヘリオt」
 などという怒鳴り声と共にバタバタと何やら騒がしい物音が聞こえる。
「お菓子、足りるかしら……?」
「無ければスイカでいいんじゃない?たくさんあるし」
「そういう問題じゃないだろうが!!」
 のんびりと顔を見合わせる進藤と水窪を置いて、スニーカーを乱暴に脱ぎ捨てる。スイカの重さを忘れて、勇人は家の中へと駆け上がった。
「ちょっ! あんたら、病人のいる家で騒ぐなよ! 皐月が上で寝てるだろ!?」
 そうして更にリビングが騒がしくなる。
「…………あはは…」
 二階に続く階段の上から、熱っぽい顔の皐月が苦笑しているのには、しばらく気づかなかった。


 良い子のみんなはお見舞いは必ずアポ取ろうね!










2013/07/06 up










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